11 打ち水

文月、七月二十三日は大暑。大暑とはよくいったもので、一年中で最も暑さを感じる時期だ。

室内に空調設備がなかった戦後間もない頃は、夏の盛り、涼をとる手段はせいぜい団扇。部屋に風を起こす機器は扇風機だった。当時扇風機はとてもありがたい贅沢品で、あまりの心地よさに、長い時間当たると体に良くないといわれたものだ。

その後あっという間に空気冷房調整機なるものが普及し、自分に適した温度という快適な環境が得られるようになった。仕事もはかどり、「文明開化、ありがたや! ありがたや!」である。しかし、その不自然な冷気で、しばしば体調を崩す。

人はよく「汗をかく」という言葉を使う。厳しい暑さにはとうてい耐えられず、まさに「汗を噴き出す」という状況になる。汗は決して気持ちの良いものではないが、汗をかいた後の冷たい飲み物の爽やかな喉ごしは、格別なものだ。大げさにいえば、人生観がさらりと変わったような喜びを感ずる至福の一瞬である。

かつては涼を得るための「暮らしの知恵」があった。

夏は葦(あし)や細く割った竹を糸で編んだ「簾障子(すだれしょうじ)」で部屋と部屋とを仕切り、すぅーすぅーと風を通した。また、日除けや目隠しに使われる「よしず」は「簾」と同じ素材で、涼とともに風情を感じさせた。

朝夕には打ち水。雨水や風呂の残り湯を庭や表に撒き、涼を得る習わしだ。朝の打ち水は夜明けとともに神聖な一日が始まる行事で、夕方の打ち水は猛暑を平穏に鎮めるものだ。朝、水やりをかねて庭に水を打つと、庭木もうれしそうで、こちらの気持ちも清清しくなる。

〝みんなでいっせいに打ち水して、真夏の気温を2℃さげよう!〟という「打ち水大作戦」なる催しが行われることになる。二〇〇〇年代に七月二十三日の大暑から八月二十三日の処暑にかけて、日本全国で推定七九五万人以上の人びとが参加したそうである。素晴らしい発案だと思う。

地球の温暖化、原子力発電所の事故、大地震など、自然界から私たち人間社会への強い警告が発せられているような気がしてならない。

「節電! 節電!」と叫ばれている今の状況。そんな「暮らしの知恵」をもう一度見直し、さまざまに工夫したいものである。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。