「メバル」が先か「チクーッ」が先か? 瞬時に蛇口(じゃぐち)だけは止め、そのままメバルは引き上げた。

ヘッドライトを「チクーッ」の先に当てると、「やぶ蚊(か )」が止まっている。

武士の魂に「やぶ蚊メ」が、……許せぬ!
上から「ハッシ」と握りつぶす。
手のひらに黒いやぶ蚊と血がべっとりとついた。

「全く油断(ゆだん)も隙(すき)もない!」

釣り師のスキを突くとは卑怯な奴!

オイラは日頃より、釣り師は剣客(けんかく)だと思っておる。故に一投、一投に集中しておるのだ。

巌流(がんりゅう)・佐々木小次郎は自ら「物干し竿」と称した長刀を自在に操(あやつ)ったが、今宵吾輩は、宮本武蔵宜しく二刀流に挑戦したところ、無念にも「やぶ蚊メ」に一敗血にまみれたのである。

武士は「肉を切らして骨を切る」
オイラは多少の血を供して、蚊の命を召したのである。

「共に死するを以て心となす、勝ちはその中にあり、必死即ち生くる也」
映画『武士の一分』三村新之丞を体感したのであった。

刺されたところが、三~四日も痒(かゆ)かった。
レディと話している時に限って痒くなる。
無論そんな時に、掻く訳にはいかん。

片目を上げたり、鼻の穴を広げたり、口の端をつっぱったりして耐えた。

「アラ、どうかなさいまして? ……オホホホ」
「ご案じめさるな、何ほどのことも御座らん」

『やぶ蚊』はイカンぞ、隙を見せると、剣客に対し、命がけで掛かって来よる。

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『お色気釣随筆 色は匂えど釣りぬるを』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。