産院に着き、診察を受けると、先生は「もう口(子宮口)が開きかけている」「初産なのだから普通はまだなのになあ~」と言いながら慌て出しました。

その時、子供の頃に、祖母から「母さんもおばあちゃんもお産は楽だったんだよ」と聞いたことをふと思い出して……、だから私も楽に産めるのかなと、少し心が安まるのでした。

その日、産院は、生まれた赤ちゃんは皆退院していて、久しぶりに赤ちゃんが一人もいなかったので、当直の助産婦(当時は助産婦・看護婦と言い、現在は助産師・看護師ですが、以下、この項では婦と記します)さんも看護婦さんもいなかったのです。

先生の奥さんは、慌てて電話をして手配しているようでした。「玄関まで出て助産婦さんが来るのを見つけて、手を振って早く早くと言っていたよ」と、後で彼から聞きました。

「お湯を沸かして! 何々を用意して!」と先生の少し慌てた声が聞こえてきます。お産を待つ間、陣痛室で痛むお腹を、彼は一生懸命さすってくれました。

約五十分後のこと「しっかり力んで!」と助産婦さんの声です。さぁー誕生です。

でも赤ちゃんが泣きません。

助産婦さんが生まれたばかりの赤ちゃんを叩いたら「ふぎゃぁ~ふぎゃぁ」と何とも言えない柔らかい声が聞こえました。生まれたのです! 何という感激でしょう。

くしゃくしゃの赤ちゃんです。心配のあまり「五体満足ですか!」と恐る恐る聞くと、「大丈夫ですよ。元気な男のお子さんですよ」と。

ほっと一息つき、この私が「母」になったのです。母として一生懸命生きたいと心に想うのでした。

その時です。彼が顔を近づけて「ありがとう!」と言ってくれたのです。

今振り返るとこの時が一番幸せだったように思います。本当によかったあと……思ったのでした。

産後初めて口にした「シチュー」の美味しかったこと。赤ちゃんに乳房を与えた時の痛いようなくすぐったいようなあの感触、喜びは何にも勝るものでした。

今は、シチューは出さないと聞きました。時代によって変わるものなのですネ!