それから、各薬品メーカーの資料と値段表を首っぴきで読みあさり、ようやく、これという物を決めた……。前記した三つの成分が一つに凝縮された逸品だ。

しかし、そのものは飛び抜けて高価であり、手を出すのを躊躇する代物であった。新潟の金治叔父が見舞金がわりにと幾らかの金を送ってはくれたものの、無論まかないきれるものではなく、以後、カード地獄の雪ダルマは徐々に大きくなっていった。

十二月二十一日(月)

長瀬さんご夫妻が見舞いに来てくださった。数日前、しばらく見かけないけどどうしてますか……と、母を気づかい私のところへ電話をいただき、早速、訪ねてくださったのだ。

母が“長瀬先生”と呼ぶこの人は、昔、中学で音楽の教師をしておられ、今はプロの声楽家として地元で名声高く、高瀬医師や看護師たちも“先生、先生”と呼び親しむほどだ。

「そんな立派な方が、お母さんのことをいつも『歌の友達』とか『カラオケ仲間』って人に紹介してくれるのよ」と、喜ぶ反面、「こんな姿、見せたくないわ……」と、まるで乙女のように恥じらっていた。

が、やはり親しい人の見舞いは嬉しいものだ。長瀬氏は母より少し高齢で、故に身体の不調も頻(しき)りである。

「お互い早く元気になって、また一緒に歌いに行きましょう……」と励ます長瀬氏に、「言葉がね、出なくなってきたのよ。だから歌なんて……」と、下を向いた。でも、すぐにまた顔を上げ、「そうね、また歌わないとね。私、いつも演歌や民謡ばかり歌ってたから、今度は懐メロみたいのをみんなに聴いてもらいたいわ……」と、空元気を見せた。

[写真] 長瀬夫妻の見舞いに喜ぶ母
※本記事は、2020年7月刊行の書籍『ありがとうをもう一度』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。