Chapter 2 生存への道

生きるために、なによりも優先するのは水である。

笹見平のキャンプ場は全ての蛇口が枯れていた。水は近くの川や池を利用するしかない。観光案内所の地図を見ると、キャンプ場から二〇〇メートルほど行ったところに吾妻川の支流が流れている。林はチームを作り、支流へ行ってみることにした。

わずか二〇〇メートル先とはいえ、道は尽き、草木が大地を埋め尽くすように茂っている。その川が地図通りにあるかも極めて怪しい。男子大学生らは観光案内所にあった農具を使い、草を払って道を造りながら前進した。やがてせせらぎの音が聞えて来た。

「近いぞ!」

まもなく目の前に小川があらわれた。

「やったあ」

林は土手ぎりぎりまで進んで、持ってきた柄杓(ひしゃく)で水をすくい、口元に持っていった。

「林君、待ちたまえ」沼田は手を伸ばして制した。「吾妻川といえば、起点は草津や万座の温泉だ。川の水は硫黄を含んでいる。NPOの人が飲んではいけないと言っていた」

「うええっ、危ない」
林は柄杓の水を捨てた。そして川の中をじっと見つめた――小さな魚が元気よく泳いでいる。底の浅いところには、岩苔や水草がみっしりと生えている。

「心配無いと思うよ」林は川を見つめて言った。「魚も水草も、こんなに生き生きとしている。本流の吾妻川は分からないけど、ここは大丈夫なんじゃないかな。ここをぼくらの水源にしようよ」

沼田は顔をしかめたまま川面に目をやり、
「うーむ。確かに大丈夫なようだけど……水質は頻繁にチェックしよう。見た目、匂い、魚が元気に泳いでいるかどうか」

林らはキャンプ場に引き上げた。道々草を払って来たので、帰りは楽だ。その道は、それ以降も水源への重要な道となった。

水と同じくらい重要なのが、食料である。

五〇人分の食料をいかに確保するか。いつまでこんな生活が続くか分からない状態で、ただひたすら今ある分を消耗していくわけにはいかない。やはり狩猟・採取・生産しなければならない。

「あの川の魚を毎日獲るしかないぜ」盛江は言った。「観光案内所に釣り道具一式があったから、それを使おうと思うが、それだけでは到底五〇人分を確保することはできない。網を用意して一網打尽にしよう」

すると沼田が
「あんなわずかな小魚を一網打尽にしたら、あっという間に食い尽くしてしまうよ。貴重な食料だから少しずつ獲るべきだ」

「じゃあ吾妻川の本流まで行って釣ろう」
「本流は毒性が高いと思う。安全性が分からない限り、食べるべきじゃないよ」
「それじゃ五〇人分の食料をどうやって確保するんだよ」

「まあまあ」林が二人の間に入った。「食料調達には釣りや狩りもあるけど、このキャンプ場には、収穫済みのジャガイモと未精米の米がある。あと、未収穫のトウモ ロコシとキャベツの畑がある。当分はこれらを食べていこう。で、種を分けておいて、畑や田んぼをやっていこう。ぼくらで農業をするんだ」

「うーん。悠長な話だが仕方がないか」盛江は唇をかんだ。「そんな気の長いアイデア、一体誰が思いついたんだ?」

「泉さんだよ」

「へえ。そういやあ、あいつは親戚の農場の手伝いをしてるって言ってたな。だからそういう発想がでるのか?」

「そうかもね。今はキャンプ場の裏に備蓄されてるジャガイモと米の量を中学生の女子らと確認に行っているよ」

「泉は農業担当できまりだな。――でもよ、俺たち、野菜ばかり食べていても身体が持たないぜ。魚はたんぱく源として大事だろ。やっぱり釣りはするべきだ」

「釣るな、じゃないよ。量を考えて釣らなきゃならない」沼田は言った。

すると脇にいた川田が、
「俺、小学生の頃によく爺さんに連れられて川釣りやってたんですよ。釣りについては、俺らに任せてください。量はきちんと考えますから」

「おお、たのもしいね」林はうなずいた。

「甘いな」盛江はあざ笑うように言った。「いくらガキの頃に経験があるって言ったって、中学生風情にちゃんと釣りができるのか? 遊びじゃねえぞ。生き死にが掛かってるんだぞ」

「大丈夫です」川田は冷静に答えた。「今の俺たち、ぶっちゃけ大ピンチじゃないですか。大学生の皆さんには、 難しくて大事な事をやってほしいんです。釣りは他の事に比べて単純なことだから、俺ら中学生にやらせてください。あと、俺たち、ただ釣るんじゃなくて、魚がどんなところに棲んでいるのか、どうやって繁殖しているのかを調べて、魚が増えるように研究していきます。養殖って奴っすよ」

「そんなことできるの?」林は目を丸くして尋ねた。

「分かりません。けど、やってみなきゃ魚は増えませんし」川田は力強く答えた。

「ふっ。お手並み拝見といきたいね」
盛江は皮肉っぽく笑みを浮かべてそう言った。だが、内心は舌を巻いていた。

――こいつ、なかなか考えてるじゃないか!

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『異世界縄文タイムトラベル』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。