つまり、時間の使い方が、命それゆえ人生の使い方である。そして、哲学的に最も重視される真理の一つが、「今という一瞬一瞬それに成り切って、その時にできる最善を尽して生きること、ないし今を完全に生き切ること心身を挙げてそれに打ち込むことである。」である。

人生において必要なものは既にすべて与えられており、後(あと)はいかにそれを有効かつ効率的に活用するか、ということだけである。そこで、「心の使い方」として、現在の環境を前提として、今というこの瞬間を、最善を尽くして大切に生きることである。

実際の生活(real life)を、ベストを尽くして生きるという生き方は、禅の極意とも一致する。言い換えれば、図表2のように、心を現在のみに集中し、過去についての後悔や未来への不安などで、心を曇(くも)らせてはいけない、ということである。

すなわち、過去を反省し、一つの貴重な経験とするが、悔やまずに過去を過去のものとし、未来について必要な準備は十分するけれども、心配することなく未来を未来のものとし(「前後裁断(さいだん)」し)、今という瞬間を充実させ、有意義なものとして生きることである。

[図表2] 現在への集中

なお、この場合、注意すべきことは、「現在に集中するといっても、肩を張って緊張してそれを行うのではない」ということである。そうではなく、「肩の力を抜き、緊張を解いて、ゆったりとした平常心という心地よい状態(「自然体」)で、現在していることに集中すると同時に、それをワクワクしながら楽しむこと、すなわち、この瞬間の人生を味わい、楽しむこと」が幸せに生きるための秘訣である。