第二章 今まで生きてありつるは 〈『御書(一一六五頁)』〉

二 「伝えたい事実(できごと)の真実(こころ) 」

その一 三面記事

① 包丁刺傷事件

平成二年十一月の真夜中のこと。彼はいつも飲む時に、私が相手をしないと怒るので、私は仕方なく座って話を聞いているのです。彼が飲み始めて、大体決まった分量のアルコールが、体に入った時には必ず乱れます。

経験的に身につけていたので、「アブナイ」頃合いは、ある程度わかっていましたが、その日は突如として乱れました。察知しつつも、この日は、ほんの少し切迫していたのでしょう。

彼に追い回され、包丁が飛んできて脛をかすりました。私は慌てて玄関へ逃げましたが、彼は包丁を拾って「たった今すぐ外に出ろ!」と言い、私が玄関のノブに手をかけた途端に、ドスンと右背後から何かぶつかってきたと思いました。

その瞬間、「ウッ!」と声にならない声を発していました。何とも言えない。何、何がと、何が起こったのか俄にはわかりませんでした。

そのまま四~五メートルくらい足を運んだ時、急に腰から崩れるように力が抜けて、足が前に出なくなり、その場に倒れ込んでしまいました。背中の左に何か違和感がありました。ソッと手を当てると、ヌルッとした何か変な感触があるのです。その手を見ると、真っ赤な血がついていました。痛みは感じませんでした。

立ち上がれない私に、彼は「立て!」と言い、足で蹴飛ばします。私は、こづかれても声も出ません。背中には異様な感じがあり、足腰は力が入らず立ち上がれない、腰を抜かすとはこういうことなのでしょうか。

慌てた彼に、私は家の中に引きずられるように連れて行かれました。玄関に横になっていましたが、息を詰めうずくまっていました。その様子を見て、「布団に寝ていろ!」と、布団を敷き、事の重大さに気づいたのか動転したのか、何やら慌ててあちこちへ電話していましたが……。

彼は、マンションの前のタクシー乗り場に私を連れて行き、運転手を怒鳴り散らし、乗っているお客を降ろさせ、近くの個人医院へ向かったのです。

医院へ着くや否や「早くしろ!」と怒鳴り上げます。私は身が縮む思いでした。その夜の当直医は小児科医でした。傷が大きく手に負えないからと、救急指定の大学病院へ搬送してくださいました。

大学病院では、レントゲン写真を撮り幸いにも内臓損傷や大きな血管には至っていないことがわかりました。ブジー(医療用などで器官内を拡張する時に用いられる細い管)を入れ、損傷の部位を縫合する手術を受けたのです。刺された深さは六センチメートルに及んでいました。

刺された部位は背中左の腎臓あたりですが、刃先が少し斜めに入ったため、近い部位の大動脈を僅かに外れて損傷することもなく、皮下脂肪に留まり、出血が少なく幸いでした。