「もし、お急ぎでなかったら、音楽会へご一緒して頂けません? この先のリーガロイヤ ルホテルなんです。連れが来れなくなって……来て下さると助かります」

助かります、と言われ、和彦はつい行く気になった。

「ご一緒しましょう」
「ありがとうございます」

澄世は、若い男を急に誘った事を、自分で不思議に思った。だが、これはK先生のお導きかもしれないと思い、一人納得した。そう思うと、さっきまでの淋しさがうすれ、うれしく有り難く思われ、男にニッコリ微笑んで、胸の前でそっと手を合わせた。

和彦は、かわいい人だな……でも、いったい幾つだろう? と思った。もう、美術館の事はすっかり忘れ、女と並んで歩き出した。

和彦の背丈は一七五センチあり、澄世は一六〇センチだった。澄世は色白で二重の大きな瞳が印象的で、現代的な顔立ちだが、鼻が高すぎず、口元がしっかりとじられ、全体におとなしく物静かな感じで、古風な雰囲気が着物とよく合っていた。

和彦の肌は浅黒く、丸く黒目がちな目が知的で優しい印象で、人からよくイケメンと言われ、入社して十五年で、スーツ姿も板についていた。二人並んで歩く様子は、映画のワンシーンのようだった。

ホテルの会場はそんなに広くなく、グランドピアノが正面にあり、椅子が五十脚くらい置かれ、客でほぼ満席だった。二人は一番前の列の真ん中に座り、時間を待った。プログラムが配られ、どうやらピアノ愛好家の集まりによる素人のピアノ発表会らしかった。

「あれは、スタインウェイのピアノよ」
「スタインウェイ?」
「そう、世界中のピアニストに愛されてるピアノで、ピアノを弾く人はみんな憧れるピアノよ」

そんな説明をし、澄世はあとは何も喋らなかった。

※本記事は、2018年9月刊行の書籍『薔薇のノクターン』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。