満足

その後
野良子猫を
日の暮れる頃に廃屋の近くで何度か見かけた
寂しさを患っていた自分は食糧庫が底をついている時を除いて
何かしら食べ物を与えようとした
だが
もともと猫用の食べ物ではないためか
最初のちくわほどには
なかなか思うように食べてくれなかった

ある時
すぐ食べさせられるようなものがなかったので
一度廃屋に戻り
前日の食べ残しの硬いご飯に
かつお節とわずかな醤油をかけた
粗末な夕食をあげてみたら
信じられないくらい綺麗に食べ
食後には何やら満足そうに舌なめずりを繰り返した

きょうび猫の餌といえば
乾いたキャットフードから缶詰まで種々存在し
中には豪華なおやつのようなものまで贅沢に揃っている
そんな時代に
生ゴミ一歩手前のご飯とかつお節の粗末な猫まんまを
この世にこんなおいしいものは絶対にないと
信じて疑わない様子で幸せそうに食べる
うぶ毛の逆立った野良子猫をぼんやりと見ていたら
思いがけず目頭が熱くなった

何たる無知!
何たる時代錯誤!
だがこの無上の美しさは何だろう……
少なくともこいつは
私の見失った「主観」を本能的に持っている
一方で私の「主観」は
何十年も野生に放置された蜂の巣のように虫食いだらけのスカスカで
「主観」と「客観」の基本的なバランスさえもおかしくなっている

いつのまにか自分は
羨望に近い視線を子猫に送っていた

子猫はしばらく私の足元でじゃれつき
喉の辺りを優しく撫でるとくぐもった音でごろごろといったりもしていた
私は「この廃屋にいればいつでも今のご飯が食べられるんだよ」
と言葉巧みに勧誘し
廃屋に連れて行こうとした

だが 近くの藪で何かガサゴソと物音がしたとたん
野良子猫は耳をぴんと立てて音の方に走り出し
その後は戻ってこなかった