十二月九日(水)

私の顔を見るなり、待ちかねたようなニコニコ顔で母が言った。

「今日ね、五日ぶりに通じがついたの……。看護婦さんがね、富士山より大っきい山ができたよって、一緒にゲラゲラ大笑いしたのよ……」

入院して一ヶ月少々、歩くことの激減した母は、このところ便秘ぎみで困っていた。

無邪気な笑顔で便通の報告をする母が何とも愛おしい。

母はまさしく母であるが、けれど時々、子であるような気持ちになるのが可笑しくもある。


作務衣をはおり、押し車で院内散歩に……。

四階ホールのソファーで、若い夫婦が新生児の赤ん坊を抱えてあやしている……。

母が「おめでとうございます」と声をかけ、「ありがとうございます」と、二人が微笑んだ光景が印象的だ。かつて、自らの手で沢山の赤ん坊を取り上げた事を思い出しているのだろう。(四十年ほどの看護婦人生のうち、その半分以上を、母は産婦人科に勤めていた。)

新しく産まれ育ってゆく命と、老いて病いを得ていく命の交差点がここにある。

宇宙(そら)摂理 生命(いのち)の辻は
来未(あす)もまた
つきぬバトンを あずけつづける

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『ありがとうをもう一度』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。