面々はすっかり虚脱し、へなへなと砂地に尻を着いた。イノシシの攻撃を直接受けた者はいなかったが、転んで怪我をした者が何人かいた。救護係がキズの消毒をした。盛江は中学生らと一緒に、イノシシに投げつけた道具類を回収した。

「見ろ、すごいぞ」

盛江は空元気を飛ばした。

「時計も、カセットコンロも、懐中電灯も、何一つ壊れていない。あんなにぶつけたのに! さすがメイド・イン・ジャパンだ!」
「ちょ、その腕時計、ぼくのじゃないか」

沼田が情けない声を上げた。林は道具を拾いつつ、イノシシの足跡を辿っていた。

観光案内所の裏の藪が踏み荒らされている。イノシシはここから侵入したようだ。そこから点々と足跡が刻まれている。

辿っていくと、観光案内所の入り口に達していた。地面から目を上げる。観光案内所入り口ドアのはめごろしのガラスが粉々に割れている。

「イノシシは最初、そこにぶつかったようです」

側にいた中学生女子が言った。

「ガラスの割れる音がして、私が住居から出ると、イノシシがこちらに振り向いて、襲い掛かってきたんです」
「そうだったのか」

林は散らばっているガラスの破片を見た。

「こんなに分厚いガラスを割っちゃうくらいだから、よほどの力だったんだろう」

林は思い返した。今日の昼過ぎ、係員が出勤してこないので、カリカリしてこのドアを揺すった。しかしドアは、開くどころか、ガッチリ閉まって微動だにしない。

普通のドアよりも頑丈に作られている。そのドアがこの有様なのだ。

「怪我の功名だな。これで中に入れる」

いつの間にか後ろにいた早坂が言った。沼田も一緒である。早坂はガラスの割れたドアの奥を覗きこみ

「お前と泉が言った通り、安全確保が第一だ。あのイノシシ、またやってこないとも限らないし、他にもサルやシカなんかも来るかもしれない」
「しかも、いつ何時(なんどき)やってくるともしれない」
「その通り。とにかく、逃げ場所を確保する必要がある。そんならこの観光案内所こそ最適じゃないか。何しろ頑丈な現代建築だからね。昨日から施錠されて中に入れなかったが、これでここを活用できる」
「でも、さっきのパニックを考えると、一度にみんなが逃げ込もうとしたら、この狭い入口じゃどうしようもない」

林の言葉に早坂は考え込んだ。

「動物というのは、基本的にみんな同じなんだが」

沼田が言った。

「とりわけ野生の動物は、大きな相手には近寄ろうとしないものだ。弱い動物たちの身の守り方は共通している。集団でいること。例えば小魚なんかは、群れで行動して自分を大きく見せ、サメを追っ払う。我々もひとかたまりになって行動し、大きく見せて相手を怖がらせればいい。そしたらイノシシは警戒して向かってこない――かも」
「なるほど」

林は納得した。

「何事も行動する時はグループ単位で行うことにしよう。単独行動は極力避けて。野生動物が襲ってきても、寄り集まって踏ん張る。観光案内所に逃げ込む時も、我先にではなくグループ単位で整然とやればいい」
「少なくともパニックにはならないな」

早坂も同意した。

「いろいろな危険を想定して、あらかじめ回避方法を決めておこう。もっと付近の状況が分かってきたら、その都度本格的な安全策を考えよう」

分かってきたら――この言葉に林は唾を飲んだ。この状態がいつまで続くかと思うと、息苦しさを覚えた。

※本記事は、2020年7月刊行の書籍『異世界縄文タイムトラベル』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。