第一章 青天霹靂 あと377日

二〇一五年

十二月六日(日)

兄が大きな土産を抱えて見舞いに来た。箱を開けると何やら医療機器らしい機械が……。

「これね、『電位治療器』っていって、身体にすげぇ良いんだよ。俺なんか糖尿病がほとんど治っちゃったんだぜ。要は免疫力を上げる作用があるからね、たいていの病気はこれで良くなるんだよ……」

兄は今、医療機器メーカーに勤めている。いろいろと転職をしてきた兄が、ちょうど母の入院を見計らったように、そんな会社に入ったのも偶然とは思えない幸いだ。

機械の設置を済ませ、母を抱えてベッドに寝かせようとしたが、やはり腰痛もちの私には少々骨だ。兄にバトンタッチし、母が兄の首へ両腕をまわして愉快げに笑った。

「まだ、ちょっと重いなぁー」と、兄が言うと、「少し痩せないとね」と、母は言った。

「まぁ、痩せなくてもいいんだけどさ……」

兄は、ガンである母が痩せるという事の意味を咄嗟に悟った。

「ところで兄貴、草履は買ってきてくれたかい……」と、話題を変えた。

「おー、買ってきたぞ」

着物や作務衣(さむえ)など和装を好む母は、少し前、気に入りだった草履の鼻緒を切ってしまい、新しいものを欲しがっていたのだ。

「もう草履なんか……」と、母が弱気なことを言いかけた時、「出かけるんだよ!この草履はいて……」。兄はグイグイと、母の足をきつい鼻緒に押し込んだ。

「さぁ、腹へったぞ。よし、何か食いに行こうか……」と、兄が言った時、「お母さんは無理だよ、もっと、身体がちゃんとしなきゃ……」と、母は弱々しく言った。兄が来たら外へ食事に行こうと楽しみにしていたのに……、母も私たちも残念だが仕方ない。

それで、弁当を買ってきて、見晴らしの良い四階ホール(マタニティールーム)で食べることにしたが、やはり、少し無理してでも出かけておけば良かったかと後悔した。

母は歳によらず脂のよくのった肉が大好きだ。だから、ロースステーキ弁当を買ってきてあげたのに……。

「お母さんはちっとでいいよ。そんなにいっぱいいらないよ……」と、箸を割ろうともせず、兄がムシャムシャ食べる姿を笑みを浮かべ見つめている。「ほら、お母さんも食べないと、みんな兄貴に食べられちゃうぞ」と、言うと、「ハハ」と笑い、ようやく弁当に手をつけた。

そう、手づかみで……。しかも利き手の右ではなく、麻痺のない左手を使ってだ。それを見た兄も、内心ハッとしたのだろう、「そうか、右手が使えないのか。でも、食欲があるだけ良いさ……」と、言葉をつくろった。