十二月四日(金)雲

奈良井総合病院を出て高瀬病院へ再転院する朝、母はお気に入りの歩行器を使い、自分の足で退院した。母はその歩行器に“あゆみちゃん”という名前をつけ大切にしている。日頃より腰が悪く、けれど、それでも散歩に出る日課を楽しみとする母にとり、歩行器は掛け替えのない足であり友なのである。

駐車場の前まで来て、車を持ってくるべく、支えていた母の右腕を離そうとした時、母の右膝がガクリと折れた。すぐにまた抱えたので事なきを得たものの、どうやら症状の進行は少しも待つことをしてくれないようだ。

高瀬病院につくと数名の看護師たちが出迎えてくれ、すぐに車椅子が用意された。廊下をすれ違う看護師たちは皆、「あら、ザンマさん、こんにちは……」と、口々に挨拶してくれ、「ただいま、また舞い戻ってきたわよ……」と、母も笑顔を返す。そして、「やっとほっとしたよ。ここが一番安心だ……」と、涙に目をふせた。

「ザンマさーん、心電図とりますのであちらの部屋へ移動しますね」
「アキ、お前もおいで」
「えっ、俺もかよ」
「うん、オレもだよ、一緒に来て」と、甘える母が愛おしい……。

ベッドへは、看護師が少し手を添えるだけで難なく移動。主治医の高瀬医師が来て、母の胸に聴診器を当てた。

「はい、大丈夫……」

もう、何も診ることも出来ることもないのだ。

見上げれば寝台(ねだい)にそべり
見る空は
鈍色(にびいろ)ふかく淋しからずや

[写真2]
※本記事は、2020年7月刊行の書籍『ありがとうをもう一度』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。