このような母親の生き生きとした、嬉しそうな反応を見て、私は思わず井戸にあこがれを持ちました。自分自身も幸せな気持ちになるように、また、介護の間の気晴らしになるようにとの思いで、井戸屋さんに頼んで庭に井戸を作ってもらいました。

井戸屋さんから「電動式は楽です」と言われたのですが、もちろんガチャガチャこぐジャッキ井戸にしました。災害時には手でこぐ井戸は役に立つとも思いました。この井戸の水を庭の草花にあげていますが、塩素が入っている水道と違い自然そのものの水なので草花も喜んでいると思います。

今、2月の寒い中、庭には母親が大好きだった福寿草の花が、真っ黄色に、母親のように元気に咲いています。私にとってとても大切な花です。

[写真1]福寿草

なお、バス停に戻った時、お蕎麦屋さんの裏手にある久我小学校の写真も撮りました。母親が以前「お父さんは小学校で算数を教えていた」と言っていたからです。

母親に学校の写真を見せて「お父さんのよしさんが教えていた学校と思うよ。この学校で算数を教えていて、自宅では国語と習字を教えていたんだよ。たくさんのことを教えていた立派な先生と思うよ」と言うと、「うーん」と言ってしばらく黙っていました。

「でも、お父さんは私には厳しかった。算数を教えてもらったけど、私がなかなかできないので何度も『何でこんな簡単な計算ができないんだ』と怒られた」と頭を小突かれたジェスチャーをしました。さらに続けて「私は本当に算数が嫌いでお父さんからいくら教わっても出来なかったの」と神妙な顔で言いました。

以上が、母親の認知症の改善に役立ったと考えられるさまざまな工夫です。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。