「親子の情だよ。男女の情のほうが強いってえやつもいるが、ちがうな。たしかに男女の情は、ほんの一瞬だけ、燃えあがることもある、でも、けっこう手前勝手な願望だの、欲望だのが、まざってるじゃねえか? えり好みもするし、相手が期待したほどじゃないとわかれば、さめるのも早いしな。親が子にそそぐ情には、それがない。どんなできそこないでも、親は子のことを念(おも)って世話をして、みかえりももとめない。さめることもない。こんなに強いものが、ほかにあるか?」

おやじは、一気にまくしたてる。

「人さらいは、その親子のきずなをひき裂くんだ。連れ去られるのはほとんど子供だろ? 親は半狂乱になって、子供をさがす。さらった張本人は、すげえ念力の蔓に巻きつかれる。なんせ、この世でいちばん強い親子の情が、うねり狂ったようなもんだからな。その念力は、人でなしの鬼みたいやつでも、斃(たお)さずにはおかない。いまは意気軒昴(けんこう)とふんぞりかえっていても、遠からず、怨みの蔓にしめ殺されることになるのさ。絶対にかかわっちゃいけない。ろくな死に方はしない、身をほろぼすもとだぞ」

夏のギラギラした太陽が、城壁のむこうへ、しずもうとしている。おもちゃ屋の言ったことは、錨(いかり)のように心をしずめた。

(いったい、どうすりゃ……)

ようやく仕事にありついたものの、漁門の正体が、大がかりな犯罪組織かもしれないとは……。

そして、組織を牛耳る人たちは、たえず店子を監視している。組織の暗部に気づいて、あばこうとしたり反抗したりした者には、ためらいもなく、粛清の刃をふりおろす。徐繍(シュイシウ)も、羊七(ヤンチー)も、そして飛蝗(バッタ)少年さえも、いなくなってしまった。

誰も、彼らの行方を語らない。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『花を、慕う』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。