趙大哥(チャオターコウ)も、老魏(ラオウェイ)も、もちろん漁門がよい働き場だと信じて、推薦してくれたのだろう。

漁覇翁(イーバーウェン)も宦官出身で、宦官の苦労は知っているはず、同病相あわれんで、めんどうをみてくれるだろうし、昨今の不景気にもかかわらず、年々商売は大きくなっている。従業員のはぶりもよさそうだ。

だが、どんな組織でも、入ってみないとわからないのは、世のつねである。

王暢(ワンチャン)―おまえは、このまま、ここにいていいのか? 妹のことが頭をよぎった。人さらいの禄を食むことは、仇敵に屈したようなものではないか。

やめるか。

いや、待てよ。

漁門ではたらいているからこそ、毎月きまった額の給金をもらえているのだ。月々いくらの収入があり、屋台の損料をさっぴけば、いくら手許にのこるかが計算できて、将来の希望ももてる。

よそでは、こうはいかない。せっかく手に入れた給金を手ばなして、また無一文にもどるのか?

それにまだ、漁門が人さらいをしているという、確たる証拠をつかんだわけではない。あくまで、手持ちの情報をつないで得られた憶測だ。

「おう、どうした、しけたつらして」
おもちゃ屋のおやじが、話しかけて来た。

「もう今日は店じまいしたらどうだ。ほら、これをやる からよ」
ドン、と勢いよく卓子においたのは、酒瓶である。

「これはな、つき合いのある胡人がくれたものだ。酒は百薬の長ともいうし、貴人に会えなかった代償に、もらっとけ」

「あの……このへんで、人さらいというか、人の売り買いをしている業者を、見たことはないですか?」

「とつぜん、ヘンなことを訊くやつだな」

「子供のころ、江南を旅していたときに、あちこちで人さらいを見たもんですから。この北京でも、やっぱりそうなのかなあと思って」

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『花を、慕う』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。