更に母親と母親の両親の話をしていると母親は突然「お父さんの名前はよしじろう(由二郎)と言ったわ。みんなよしさんと呼んでいた」と思い出しました。

続いて「でも、お兄さん、お姉さんたちは両親の生家に行ったけど、私だけは行ったことがないの」と残念そうな沈んだ雰囲気で言いました。

私は、母親が両親の家に行ったことがないと聞いて意外に思いました。うーん、としばらく考えたあと、母親が両親の家を知ったらきっと喜ぶだろうなー、と思いました。思ったら、即実行です。母親の両親の生家を見つけに行くことにしました。

まずリウから始めました。母親の情報から、場所は、おくろがわ、リウの家は以前村長をした人がいる、だけです。おくろがわ、は鹿沼から日光に入ってすぐのところに 「小来川(おくろがわ)」という地名があることが分かりました。日光市役所に電話したところ、「市役所の支所、小来川支所に話をしてみてください」とのことでした。

早速、電話をしてみました。私が「苗字は福田。昔、村長さんをしている人がいます。これだけしか分からないのですが、調べていただけますでしょうか?」とお願いしてみました。とても親切な人が電話に出て「ここいらは福田の姓が多いです。何軒かあたってみましょう」との優しい返事でした。支所から数週間して電話が来ました。

「多分この家だろうということが分かりました。行ってみますか?」

私はすぐに「ぜひ行きたいです。電車、バス、でどう行けばいいでしょうか?」と聞きました。支所の人は、

「東武今市駅から10キロぐらい山に向かっていったところで、バスはありません。車がいいでしょう」

私は「鹿沼まで行って更に知らない道を遠くまで行くのは不安です。困りました」とがっかりすると、支所の人は、

「ぜひ行きたい気持ち分かります。私が東武今市駅に車でお迎えに行きましょう。支所にちょっと寄っていただいたのち福田家にお連れします」

との信じられないような親切な言葉。数日後に行ってみました。家には奥さんがいて話をしているうちに間違いなくリウが生まれた家と分かりました。事情を話して家の写真を撮らせていただき、支所の人に心からお礼を言って帰りました。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。