野良猫

週一回の買出しから廃屋に戻ったとき
入口までの細い道の途中で
ぼろ雑巾のようなものが足元にまとわりついてきたので
おや と思ったら痩せた野良猫だった

都会に猪が出没した話を聞くようになっていた
都会以上にもはや食べ物も残されていないのか
廃屋の周辺で生き物に遭うのは意外に珍しいことだった
もともと動物が嫌いではないので
足を止めて様子を伺っていたら
意外にも人間に慣れているようで
擦り寄ってくるだけでなく首筋をこすり付けてきた

飼い猫に首輪をつけるような洒落た習慣のない寒村なので
野良猫である保証はなかったが
毛づくろいをする程度の余裕もない
ぼさぼさに逆立った毛並みはまさに野良で
三毛猫なのだが
漂白剤入りの洗濯槽に誤って落ち
しばらく脱色した後のように
黒も茶も全体に色調が薄い不思議な子猫だった

おそらく寒村のどこか猫好きな家で産まれ
お母さん猫のミルクが出る間だけ飼われていて
次第に餌が乏しくなり
活動のフィールドを野生にシフトチェンジした猫
つまりは捨て猫のようだった

両手に一週間分の飲み物と食料の買物袋を持って
たどたどしく移動する足元に
猫は鬱陶しい程に繰り返し体をなすりつけてきた
私は軽いいたずら心から
2リットルのペットボトルが入った袋を
猫の背中の上に置き軽く手を離した
逃げると思ったのだが
猫は「ふぎゃ」と鳴き
柔らかな玩具の椅子に大人が乗ったように
前脚を前に伸ばして軽くつぶれた

その鳴声は普通の猫より2オクターブくらい甲高く
ひどく頼りなく情けない鳴声だった
さすがに可哀相に感じた自分は
買物袋の底にあったちくわを取り出してあげた
懐いてしまってもいいと思った

猫は
ちくわに恨みでもあるかのごとく軽い唸り声をあげ
信じられない勢いで食べ始めた
それは空腹だったというよりも
30秒以内にこれを食べなければ自分(子猫)は死ぬ!
と信じて疑わないような食べ方だった

みんな 何かに飢えている
まだあどけなさを残していい年頃に
野生を全面に出して息せき切ってちくわを貪る野良猫を見てふとそう思った

みんな 何かに飢えている
みんな 何かを待っている
何かを待ち続けながら
それを諦めかけていることさえいつしか忘れかけている
期待と消費のみを煽るスマホの画面を握り締めながら……

有難いことに自分は当面食べ物で飢える心配はないが
何かに本質的に飢えているという点において野良猫と大差はないような気がした

その後 その猫が入って来てもいいように
廃屋の戸を少し開けておいたがつぶされかけて懲りたせいか
猫は決して中に入って来ようとはしなかった

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『静寂の梢』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。