身体は弱くても気は強く、笑うと丸顔に愛嬌が満ちるのだが、怒ると眼をぎらぎらさせて睨みつけてくる。毎日のように喧嘩するので、朝に古尾子が結った髪は、夕方にはザンバラである。思ったことを主張して曲げないので生意気に見える。しかも、身体の大きな相手にも平気で突っかかっていく。自分の理屈が正しいと信じているので、喧嘩で圧倒されても自説を変えない。だから「負けずの恭やん」と渾名された。

村の豆腐屋の息子で安吉という悪童がいた。朝夕には天秤棒に桶を下げて豆腐やこんにゃくを売りに来るのだが、道すがら塀に落書きしたり、雀や鳩に石を投げたり、近所の子供らをいじめたりする。

ある春の日、豆腐を売り歩いていた安吉が目をつけたのは、庭先でおとなしく一人遊びしていた恭平の妹の浅である。いきなり垣根越しに大声で怒鳴りつけた。浅は火の付いたように泣き出して家に駆け込む。安吉は大笑いしながら、また天秤棒を担いでいった。

翌日も同じことが繰り返されたが、今度は恭平が家にいた。

「どないしたんら」

浅はしばらく泣きじゃくっていたが、やがて途切れ途切れに話を始めた。訴えを聴いた恭平は庭先に出ていったが、既に安吉の姿は遠かった。

「ようし、おぼえちょれ」

翌日から恭平は安吉の後をつけた。妹の仇を討ちたくても、小柄な恭平が既に大人顔負けの体躯である安吉に正面から挑む手はない。何か弱みを見つけてやろうと尾行したのである。すると寺の塀に立ち小便をして、僧侶から怒鳴られて逃げていく姿を目にした。

「あの小僧、またやりおった。一度は捕まえて説教せねば」
「そうじゃ。罰当たりめ。思い知らしてくりょうぞ」

取り逃がして戻ってきた僧侶たちの会話を聞いて恭平は思った。何度もやっているのだな。よし、あの坊様たちに懲らしめてもらおう。

数日後、ついにその時は来た。安吉が天秤棒を置いて寺の塀に小便を始めたのだ。恭平はその背後から大声を出した。

「お寺に小便とは、そりゃいけんじゃろ」

そう叫んで耳を澄ますと、僧侶たちが出てくる気配がした。さらに恭平は置いてある桶の中に手を突っ込み、こんにゃくを取り出して地面に叩きつけた。

「妹を泣かせた罰じゃ」

安吉は固まった。耳には僧侶の怒声。目には砂まみれのこんにゃく。しかし小便は止まらない。ついに、そのまま塀に頭を付けて泣き出してしまった。

飛び出してきた僧侶たちが安吉を取り囲んだとき、恭平は後も見ずに走り出していた。

次回掲載日:9/4(金)

※本記事は、2020年9月刊行の書籍『負けず 小説・東洋のビール王』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。