私は六人兄弟の長男です。両親が各地を転々としていたので、それぞれ生まれた場所が違います。

長女「峰子」は山口県下関市生まれ、私「稔」は福岡県北九州市戸畑生まれ、次女「弘子」と三女「愛子」は佐賀県小城市生まれ、次男「進一」と四女「鈴子」は福岡県築上郡吉富町(よしとみまち)生まれです。

母に聞いたところによると、私の生まれたところはニッスイの戸畑工場の横あたり、と言っていました。大人になってから、自分が生まれた場所を訪れてみたいと思い、母が健在だった時に、一緒に近くまで行ったことがあります。

時代とともに周辺も変わっていたので、「このあたりだと思う」というところまでしかわかりませんでした。資料を調べてみると、日本水産株式会社(ニッスイ)は、創業者・田村市郎(たむらいちろう)が、トロール漁業に着手するため、国司浩助(こくしこうすけ)をイギリスへ派遣したところから始まります。

一九一一(明治四十四)年、創業地・下関に田村汽船漁業部を設立。その後、時勢の変遷に応じ、一九二九(昭和四)年に漁業根拠地を戸畑に移し、ここに水産物供給のための機能を結集したとあります。

※本記事は、2017年11月刊行の書籍『霧中の岐路でチャンスをつかめ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。