透明な箱

人は
心底好きだった人の死に間近に直面するような時
それまで同じ空間にいた存在が
いつのまにか自分には全く手の届かない
「外側」に逝ってしまったのを感じる

多少の気力とお金があれば
月にでも行ける時代なのだから
自分が生きている空間にはどこまでも壁がない
そう考えていた甘い夢想は無常にもついえ
どこに移動しどれだけ切望しても届かない「外側」が存在すること
つまり自分の生きている空間は
閉ざされた透明な箱の「内側」に過ぎなかったことに気づく

突如として厚く冷たい壁に閉ざされた心は
何とかその透明な壁を突き破り
「外側」に達することで
元の永遠を取り戻すために
死に物狂いでとめどなく突進し
冷たく透明な壁にあてどない衝突を繰り返す

しかし
壁は決して壊れない
のみならず
微動だにしない

ただ
深い傷を負う程の強い衝突を何度も繰り返す時
透明な壁にこもる熱のようなものを通じて
わずかに壁の「外側」へ滲み出るものがある
それが……「涙」ではないだろうか
そしてそれは
届かない「外側」に逝ってしまったものに対する
儚(はかな)くもかすかな餞(はなむけ)ではないか