プロローグ 私と妻の過去の経緯

当時、京都市中京区で祖父母と叔母と私と妹の5人で暮らしていた。私が妻と結婚し、妻もそこで一緒に暮らすことになった。叔母は妹と一緒に家を出て別に暮らしてくれた。

私は、大手家電メーカーのラジオ事業部に勤務していた。当時、京都から大阪に通勤し出張の多い仕事でもあった。

妻は、毎朝4時に起きて祖父母と私の朝食の準備をしてくれた。

出張の際は、カバンに着替えのシャツや下着を準備してくれた。その優しさに感謝した。また、当時の私の給料では4人で暮らす生活ができなかったので妻も近くの会社で会計事務をして家計を支えてくれた。

1年後、長女が生まれた。妻は祖母の助けを得、子育てしながら小学校に行くまで一生懸命働いてくれた。

祖父母は、京都生まれの京都育ちで京都のしきたりや習慣を守り続けるタイプだった。

若くて三重県育ちの妻には風土や風習が合わず、子育て、生活習慣、食べ物の味付けまで、やり方や考え方がことごとく異なった。知らなかったが、意見の対立や葛藤が度々あったそうだ。子供を連れて実家に帰ろうと何度も思ったという。しかし、実家の母親からは、「結婚したからには、どんなことがあっても、石井家に戻ってはならない。今の苦労を乗り越えなさい」

ときっぱりと断られたそうだ。そのことを私には一言も言わなかった。祖父母が亡くなってから妻から聞かされた。なぜ言わなかったのかを聞くと、

「お父さんには、会社の仕事を頑張ってほしかったし、家のことは、私が全てやるべきだと思ったから」

と健気に応えてくれた。

ほんとうに大変な目に遭って苦労してくれていたのだ。そんなことに全く気付かずに仕事に打ち込んでいた自分が情けない。申し訳ないと詫びて感謝を述べた。