自分でなりたい自分になっていいのです

自信とは何でしょう。言葉通りなら、自分を信じることとなるでしょう。そうなのです、自分を信じてください。他人を信じるのではなく、自分を信じるのですよ。人がこう言っているから従おうということではないのです。人が「これはよいものです」と言っても、自分の「いい」を見つけることなのです。

自信があるということを知るには、自信がないということも知らなくてはなりません。自分に自信がないという人は、何をしてもオドオドしていて、人の言いなりになっているのです。

「言いなり」そう、こう言いました。自信がない人は他人に左右されている。自分の意思がないのです。自信がないから「どうなってもいい」「これでいいや」「もう私のことは放っておいて」と自暴自棄になってしまいます。

「自信を取り戻してください」というか「自分を取り戻してください」僕はあなたにそう言います。それでは他人の言いなりですよ。自分でなりたい自分になっていいのです。「自信」を持って生きてください。

「えっ、僕ですか。僕は自信ありますよ。だってこうやって言葉により、そして文章により自分を表現しているのですから」

「不安」はどこからくるのでしょう

「不安」とはやっかいなものですよね。不安とは何なのでしょう。気がかりなことがあって落ち着かない。心配事もある。そういった「不安」はどこからくるのでしょう。ちょっとしたきっかけで、不安に陥っちゃうんですよね。悪い予想をしてしまうと不安になります。

「明日、雨だったらどうしよう」「みんなと違っていたらどうしよう」「僕だけ置いてけぼりにされたらどうしよう」などなど。

あなたは野球部員でセカンドを守っています。九回裏ツーアウト一・二塁、得点は二対一で勝っていますが、一打同点の場面。相手は四番打者。

あなたは「ここに打つなよ。打つんだったら他のところに打てよな。そいつがエラーしても俺はそいつを責めないから」と心の中で呟きます。ピッチャー投げた。バッター打った。ぼてぼてのセカンドゴロ。あなたは一歩出足が遅れて、グラブの土手に当ててしまい、ボールはファウルグランドに転々と転がる。二塁ランナーがホームイン。俊足の一塁ランナーが三塁を回りホームへすべりこむ。ライトがキャッチャーへボールを投げるがそれてしまいランナー生還ホームイン。

サヨナラゲーム。試合終了。あなたは泣き崩れます。仲間たちはあなたに声をかけます。

「おまえのせいじゃない」ではバッターが打つ前に戻りましょう。あなたは「ここに打ってみろ。俺は自信がある。不安は全然ない。どんどん来てみろ。かるーくさばいてやるぜ。バッチこーい」と言います。

ピッチャー投げました。バッター打った。ぼてぼてのセカンドゴロ。あなたは最初の一歩、ダッシュよろしく、ショートバウンドにグラブを合わせ、華麗にファーストへ送球。ヘッドスライディングする四番バッター。一塁球審は右手を高々と上げて「アウトー」と宣告。ゲームセット。

あなたは言葉通り、かるーくさばいてしまいました。つまり、不安になってしまうと、弱音を吐きます。そのネガティブな言葉は、悪い結果を生み出してしまうのです。

逆に「不安はない」と、ネガティブな言葉を否定しましょう。不思議と思い通りにうまくいってしまうものなのです。

不安はない → 悩み事はない → 焦ることはない → 恐怖心はない → 落ち込むこともない → 仕事を抱え込まない → 疲れない どんどん言っちゃいましょう。どんどん悪いことを否定してしまいましょう。

※本記事は、2019年6月刊行の書籍『「つらい」と思っている人へのエール あなたは本当に魅力的な人間ですね』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。