二つの真実

その2

世の中に悪人はいない。誰でも正義を持っている。しかし、それでは悪人という言葉に意味がなくなってしまう。それなら、世の中に悪人がいないことに気づかない人が悪人だ、と思う人を悪人と呼ぶのではないだろうか。そして、その悪人とは、世の中に悪人がいないことに気づいている人のことである。だから僕は悪人である。悪人が普段どのようなことを考えているのか、善人は知らないので、これから書こうと思う。

僕の名前は不二淳史。明日からR高校の一年生である。好きなことは将棋で、自分は悪人であると思う。家族は父と母と弟が一人いる。父と母は毎日夫婦喧嘩をしていて、弟は僕に対していつも生意気だ。だが僕は決して弟に暴力はふるわない。しかし、弟は僕と違ってよく勉強をする点は、とても偉いと思う。きっと将来は偉い人になるのだろう。

入学式で、僕は正良という同じクラスになる人に話しかけられた。彼は良い人だったので僕は怖かった。悪人は善人を怖がるものである。僕は緊張してしまって、彼と話すとき、小さな声で話していたので、声が聞こえなかったかもしれない。後で思い出したが、正良は小学生の時のクラスメイトである。

あの頃は彼のことを友達だと思っていたが今は違う。僕が彼から教えてもらったことは全部間違いだったと気づいたからだ。中学生になっても彼と一緒だったら、僕は間違いなく道を踏み外していただろう。

その夜、また父と母が喧嘩していた。父は良い人で母は悪人だ。五年前、父が過労で不眠症となり倒れたとき、精神疾患があるとして母が主治医を説得し措置入院させた。その時の父の様子は、僕は覚えてないが、母によると、ひどかったらしい。声がすごく大きくて、どこにいても話をするのが止まらなかったという。

またあるときは、ひどく元気がなくなり、自殺しようかどうか迷っていたらしい。精神疾患で措置入院したと聞いた父の母、つまり僕の祖母は大いに驚き、心配して、精神科病棟に措置入院されていた父を見舞いに行った。そこで、衰弱した父を見て、祖母は父が精神疾患ではないと確信した。そして父を退院させて、母のことを非難し始めたのである。しかし、悪人の僕でも、非があったとはいえ、そのときの母はかわいそうだと思った。

母曰く、父はマザコンであったらしく、普通なら夫は妻を守らなければいけないのに、祖母の味方をして一緒に母を攻撃し、それを母は嘆いた。母は必死で、このまま主治医の指示に従わず、そのような関わり方を続けると、夫はやがて自殺するか、廃人になってしまうだろうと言い切った。

高校生活も落ち着いてきたときである。将棋部に入ろうと思った。

もともとこの学校は将棋部があるからというのが入学の理由の一つであった。それに友達が少ないので少しでも人と話す機会が欲しいという親の勧めでもあった。そして将棋部の体験入部に行った。そして正良君と将棋を指すことになった。そして試合中に王手飛車がかけられる盤面になった。僕は公式の試合でないときはミスで勝ったらつまらないので、待ったはありだと思っていた。なので僕は

「王手飛車がかかるけどいいの?」
と言ったら自信満々に
「大丈夫」
と言われた。しかし結局、王手飛車も好手だったが、それ以前に知っている定跡の量で僕が勝った。

それから何日かして、その日も将棋部で将棋を指していた。今日は上杉君と将棋を指していた。僕は相がかりなのに上杉君は無理やり矢倉を組むので勝ちやすかった。どうやら矢倉しか戦い方を知らないらしいが、これからどんどん強くなっていきそうだ。

六時になると先生は帰ったが、その日は皆で帰らず雑談をした。上杉君が小説「城の崎にて」の話をしてから文学の話になった。みんながそれぞれ自分の解釈を言ったが、僕は正良君の解釈が間違っていると思い指摘した。すると正良君は

「でもこの解釈は、ある大学教授が言ったことと同じだよ」
と言った。

僕は偉い人が言っていることが必ずしも合っているとは思わないし、それに偉い人の言っていることと同じだということを、その考えの根拠にするのは間違っていると思った。

あと、小説の解釈は多様にあって、どれも正しいと言う人もいるが、僕は違うと思う。どの小説にもたった一つだけ間違った答えがあるのだ。それはつまり、テストの模範解答になるような、受験産業の皆さん誰もが合っていると思う答えである。正良君は理系らしい。文学のことにはあまり興味がない癖に、こだわっているのに少しイラっとした。

そこで僕は三つ質問した。

「太宰治の『桜桃』っていう小説で、子供より親が大事っていう言葉があるんだけど、どう思う?」
「親より子が大事でしょ」

「シェイクスピアが『リア王』の中で、赤子が泣くのはこれからの人生に悲観しているからだって言ってるんだけど、どう思う?」
「赤ちゃんが泣くのは呼吸してるからでしょ」

「シェイクスピアの『マクベス』で tomorrow, and tomorrow, and tomorrowっていうセリフがあるんだけど、なんて訳す?」
「andが一つ多いね」
「よく気づいたね。二回目の tomorrow で、終わりだと聞き手に思わせる効果があるんだよ。それで訳は?」
「明日はもう決まっていると訳すよ」
「上杉君は?」
「僕は明日が来ればいいのにって訳すよ」

正良君は全くわかっていない。その後も少し話して、帰る時間になった。正良君と別れて駅に着くと、定期券がなく、カバンが違うことに気づいた。困っていると、上杉君がお金を貸してくれてなんとか家に帰れた。あとで聞いたが、正良君が僕のためにあちこち駆けずり回ってくれたようだ。さすが良い人だなと思った。

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『令和晩年』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。