私(西野鉄郎)は高校生に英語を教えています。N(西野作蔵)君は私の塾のOBです。上智大学の2年生で、ロシア語を専攻しています。帰省中の冬休みのある日、私たちは茶房古九谷(九谷焼美術館内)で会いました。話は弾み、3日連続で、「織田信長と古九谷」について話し合いました。

1日目 新信長論 利家と信長

『国盗り物語』(司馬遼太郎)、『織田信長』(山岡荘八)によって植え付けられたイメージはなかなか払拭できませんが、本章(1日目)はこうした織田信長像からかなりかけ離れています。小説ではなく、一種の論考のような内容を持っている本作品の導入部としては、読者の興味を引きつける内容です。

フロイス

(5)信長の目を開けるキリスト教の「人間観」

N:このところ、話のインパクトが弱いような気がします。これくらいのインパクトでは信長の目は開きません。フロイスの何がいったい信長の目を開けたのでしょうか?

:信長はフロイスの知性を愛し、フロイスとの議論を好んだ。信長の冗談めかした直球の質問にフロイスは、冗談めかして、デッドボールを避けて倒れ込んだりした。

N:信長は訊き上手でもあり、聞き上手でもあったのですね。

:信長はついにフロイスの本音を聞き出した。そしてキリスト教(当時)の凄まじい「人間観」に驚いた。信長は「人間ではない人間の存在」を学んだのだ。

N:人間ではない人間の存在とは?

:一つは人間は白人のみ。一つはキリスト教徒にあらずんば人にあらず。つまり有色人種は人間ではなく「奴隷」で、異教徒は「悪魔」で殲滅せよ。

N:これですね。信長の目を開けたのは!

:信長はキリスト教の凄まじい「人間観」に驚く。そして信長はキリスト教による新国家造りを決断する。しかし、それと同時に、彼らへの対抗策・防衛策を発案、実行する。

N:信長はフロイスから着想を得て、フロイスの「人間観」に基づき、日本を新しい国家に造り変えようと決意したのですね。

:そうだね。信長は日本を封建制から資本主義国家へ誘うために、「富国強兵」・「殖産興業」の旗を立てたのだ。

N:江戸をぶっ飛ばしていきなり明治新政府みたいですね。

:信長はフロイスから西洋文明を学ぶ。関心の中心はつねにキリスト教であり、帝国主義だった。信長にあるのは、富国強兵の「強兵」ではなく、富国強兵の「富国」だった。「楽市楽座」、「関所の廃止」など、先にも述べた信長の経済政策はすべて、最終的には、彼らキリスト教帝国主義への対抗策・防衛策なのだ。