祖母から面白いご飯の炊き方を聞いた。

「はじめチョロチョロ中ぱっぱ、ジュージュー噴いたら火を止めて、赤子泣いても蓋とるな、そこへばば様とんできて、わらしべ一束くべまして、それで蒸らしてできあがり」の手順でご飯を炊くと美味しく炊けると教えてくれた。

洗濯も大変だった。洗濯機などない時代。玄関先に大きな「金タライ」を置き水道の蛇口から長いゴムホースを引っ張ってタライに水を導く。タライに波板状の洗濯板を入れて、洗濯物を乗せる。固形石鹸をつけて手でゴシゴシと一枚ずつ洗った。量が多いと大変だった。すすぎも一枚ずつ綺麗に水道水で洗い手で絞った。

時間もかかり、かがんで作業するので大変な重労働だった。

終わると洗濯物を籠に入れ、二階の物干し台へ運び竿竹にかけて干していた。

部屋の掃除は、冬でも窓を全開にして「座敷ほうき」を持って各部屋を掃いて回っていた。ゴミを集めてちり取りに入れ、それを古新聞に包み込み、玄関先に置いてある木箱のゴミ箱に捨てていた。

ほうきで掃くので部屋中にホコリが充満して不衛生だったが、当時は何とも思わず平気で掃除をしていた。

そんな大変な家事を、祖母は、文句も言わずに毎日一人で当たり前のようにこなしてい た。

棚橋家の中で祖母が、一番の働き者だった。昔の主婦はとても大変だった。

そんな祖母に、家族は感謝しながら心から敬意を払っていた。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『戦争を知らない君へ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。