「ふーン。ほかに、どんなのがあった?」

「猿をつぶす、なんてのもありました。変わったところでは、朱雀(すざく)とか」

「朱雀……?」

「雀のなかでも、姿かたちの美しいものを、そう呼んでいると」

羊七(ヤンチー)は腕組みをして、ひと呼吸おいた。

「それは、畜肉の帳簿じゃあねえな。少なくとも、おれがつけたやつじゃねえ。万事抜け目のない湯祥恩(タンシィアンエン)にしてはめずらしい。だが、ヤツも人間だ、なにかの手違いで、別のものを渡してしまったんだな」

「手違い?」

「ああ。部外者には見せられないものだ」

羊七(ヤンチー)が、目で言った。おまえも、漁門の秘密を知ってしまったな――と。

「肉でないとすれば、何の――?」

「符牒だ」

「符牒?」

「生きた人間のな」

「………」

「さあ、もう行け。ここにはもう来るな。おれにかかわっているとさとられたら、おまえも、ただじゃすまなくなる」

――カサリ。

畜舎を出たとき、何かが動いて音をたてた。

(5)

夏になっても、私は屋台を曳いていた。

会う人といえば、もの言わぬ飛蝗(バッタ)少年と、私の身辺をさぐりに来る管姨(クァンイー)と、帳簿をおさめに行く先の湯祥恩(クァンシィアンエン)と、売り上げが少ないと叱り飛ばされる段惇敬(トゥアンドゥンジン)くらいのものだ。猫の手も借りたいほどいそがしく、私はいつしか、貴人に出会う云々といった予言すらもわすれ果てていた。

変わったことといえば、この夏、われわれの暦では、六月が二度あったことくらいのものだ。閏(うるう)月である。

二番目の六月になって気づいたことだが、宦官の服装が、これほど暑いとは思わなかった。褲子(ズボン)は、どんなに暑くても、二枚、穿かなければならないし、上半身も、半袖などもってのほかだ。かならず麻の上着を羽織り、不用意に、腕を露出させてはならぬのである。黒戸(ヘイフー)ではあったが、私は屋台を曳くときも、李清綢(リーシンチョウ)師父から聞かされた宦官の規律を守っていた。

「おもちゃ屋ってのは、楽でいいですねえ」

「どうして」

「だって、食い物屋みたいに毎日の仕込みもないし、でき上がった品をならべるだけじゃないですか」

世の中をうまくわたろうというのなら、思ったままを言うものではない。はたして、おやじは顔をしかめた。

「なに言ってやがる。ここにならべたおもちゃは、ほとんどおれがつくってるんだ。夜寝るひまもないくらいさ。それに、万引きもしばしばだ。手癖のわるいのがいるからな。ちょっと目を離したすきにもっていかれたら、全力疾走の追いかけっこだ。まあ、足腰の鍛錬にはなるがな」

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『花を、慕う』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。