「正夫。ありがとう。この子のお守りだけでもしてくれたら、おばあちゃんはとても助かるわ。お前は優しい子やね」と笑顔で喜んでくれた。「おばあちゃんみたいに上手にできないかも知れないけど、僕やってみる」と言った。

戦争中なので子供たちはあまり外では遊ばなかった。それから毎日、学校から帰ると「でんでん太鼓(※注)」を持って妹をあやすことから始めた。

※注:「でんでん太鼓」 小さな子供をあやす「がらがら」と同じで棒状の持ち手がついていて、小さな太鼓の両側に紐がつけられ、その先に小さな玉が結び付けられている。その棒の持ち手を左右に回すことにより、玉が太鼓の膜に当たって音を立てるので、子供が喜ぶ民芸玩具。

「べろべろ、ばぁ」をしたり、おもちゃで機嫌をとった。妹も私によくなついてくれてより一層可愛くなった。

祖母は、夕食準備があるので、私が学校から帰ると、「今日もご苦労やけど、この子のお守りよろしくね」と妹の面倒を私に託した。妹のお守りに慣れた頃、今度は、祖母から哺乳瓶の調乳の仕方を教えてもらった。とても大事なことなので慎重に教えられた。

ミルクを作る前に手を洗わされた。哺乳瓶は、ヤカンで良く熱湯消毒されていた。粉ミルクは専用スプーン一杯を哺乳瓶に入れてぬるま湯を注ぎ良く振って熱くないかを確かめて妹に飲ませた。

祖母は、人に物を教えるとき、必ず自分で一度やってみせて、それを私に何回かやらせて、安心して任せられるかを確認していた。私は、すぐにコツを覚えた。私が作るときは、必ず祖母の側で確認してもらいながら調乳した。

「正夫は、物覚えが早いわ」と褒められ褒められると一層やる気になった。布オムツの交換だけはできなかった。いつも祖母がやってくれた。

妹の笑顔が素敵で一緒にいると楽しかった。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『戦争を知らない君へ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。