四、初対面は自分から進んで挨拶せよ

月曜日、学校の門まで母に連れられて行った。教室の自分の席に座った。みんな緊張して黙って座っていた。

祖父の言ったことを思い出した。私は立ち上がって回りの同級生に、「ぼく、棚橋といいます。よろしくね」と明るく笑顔で頭を下げた。同級生たちは、最初怪訝な顔をしていたが、その中の一人から「ボク。○○や。よろしく」と挨拶が返ってきた。

一人が言うと回りの友達も次々に笑顔で名前を言ってくれた。すぐに回りの数人と仲良くなれた。祖父の言った通りだった。

初登校で早くも友達ができて学校に行くのが楽しみとなった。暫くして、学校にも慣れたある日、自宅でこんなことがあった。

祖母が、隣のおばさんから「正夫くんに、食べさせてあげて」と焼き芋をもらっていた。学校から帰ると祖母が、「正夫。隣のおばさんから焼き芋をもらったよ。おやつに食べなさい。隣のおばさんに会ったら『焼き芋、ありがとうございました』とお礼を言うんだよ。分かった」と祖母が言った。

「おばあちゃん。分かった。おばさんに会ったらお礼を言います」と約束をした。祖母が、お茶を入れてくれた。「いただきます」と言って焼き芋を食べた。

食べ物のない時代なので焼き芋は大変なご馳走で美味しかった。一晩寝ると焼き芋をもらったことをすっかり忘れてしまっていた。

翌朝、帽子をかぶりランドセルを背負って玄関で靴を履いた。いつも祖母が見送ってくれた。

「忘れ物は、ないね」と念を押され「はい」と答えた。祖母が玄関の戸を開けて外に出た。

隣のおばさんが玄関を掃除していた。祖母が「昨日はありがとうございました」とお礼を言っている言葉が聞こえた。

私はすっかり忘れていたので頭だけ下げて通り過ぎようとした。そのとき優しい祖母が大きな声で呼び止めた。

「これっ! 正夫! おばさんに昨日のお礼を言いなさい」ときつく言われた。私は、立ち止まり、「すみません。昨日はありがとうございました」と帽子をかぶったまま頭を下げた。

すると祖母は、「失礼な! 帽子を脱いで、もう一度言い直しなさい!」とこれまでにない叱られようだった。いつも優しい祖母が恐かった。

改めて帽子を脱いで再度お礼を言った。おばさんは、「正夫くんは、素直でいい子ですね。学校に遅れてはいけません。早く行ってらっしゃい」と優しい笑顔で促してくれた。

「すみません。行ってきます」と再度お辞儀をしてお詫びした。当時の祖母は怒ると凄く恐かった。

「ただいま」と学校から帰った。祖母がいきなり、「正夫。そこに座りなさい」

玄関の間に正座させられた。直感で朝のことだと思った。祖母が言った。

・ 朝一番に知っている目上の人に会えば、「おはようございます」とお前から挨拶をしなさい。
・お礼を述べるときは、帽子を脱いでお辞儀をしなさい。
・ 「忘れていました」は許されません。お礼を言うと約束したのに守らなかった。約束は必ず守りなさい。

二度と同じことをさせないよう念を押され反省させられた。「おばあちゃん。ごめんなさい。分かりました」と謝った。

「お礼というのは、なるべく早く相手に伝えることです。礼を失することは、相手に失礼に当たります」と付け加えられた。祖父母は、悪いと気付く都度、その場で正しく教える指導の仕方だった。

幼少の頃の躾指導は、大人になって人間として恥ずかしくない人間に育てたい一心で厳しくされていたのだと思う。私は、立派な考えを持った祖父母に育てられ本当に良かったと心から感謝している。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『戦争を知らない君へ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。