一年経て皇子お生まれになられたり長じては崇徳天皇なり

*崇徳天皇、第七十五代天皇(一一二三~一一四一)。

 

このときにあらぬ噂が流れたり白河院の落とし子ならむと

 

天皇の生母にあればありがたき待賢門院と名をあらたむる

*天治元(一一二四)年、璋子二十四歳。待賢門院の院号を賜わる。

※本記事は、2013年2月刊行の書籍『花と散りにし』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。