2月9日(火)

ダニエル・バレンボイム

今日は良子の定期検診の日であった。

良子はどんどん元気になっている。何も知らない人は「がん持ち」とは気付かないだろう。点滴を断念したB先生の判断は、現状においては正しいと言える。

飲み薬だけでは、副作用はほとんど表れない。点滴がどの程度がん細胞を攻撃するのか分からないが、100%有効なものではない。そもそも見えぬがん細胞が存在するのかどうか分からないのである。いわばメクラ射ちである。大切な細胞をも殺す覚悟でやるのである。プラスマイナスがどう出るかは、分からない。

「丸山ワクチンやってるから、大丈夫よ」と良子は言う。私も、そう願う。

良子の体重が52㎏になった。これは手術前より6㎏減であるが、計算的には「標準体重」で、実際、外見上も痩せてガリガリには見えない。前を知らなければ、ごく普通である。因みに私は71㎏を切っている。瞬間的には69.4㎏があった。最近、71㎏超の計測はない。良子のがん発見前は74㎏前後だったので、良子の半分、3㎏を付き合ったことになる。

今日からサントリーホールで、ダニエル・バレンボイム指揮、ベルリン国立歌劇場管弦楽団の演奏によるブルックナー・ツィクルスが始まった。ブルックナーの九つの交響曲と、モーツァルトのピアノ協奏曲の後期6曲(No.20、22、23、24、26、27)の弾き振りである。この日を、首を長くして待っていた。

私は来日した大抵の著名ピアニストを聴いた。意識して聴きに行かなかったのはホロヴィッツくらいである。ホロヴィッツについては、なぜか、失望を予見した。聴いた吉田秀和氏は、「ひび割れた骨董」と評した。それが正しいかどうか、聴いていない私にいう資格はないが、私の判断もあながち的外れでなかったと思う。

その芳醇において、もっとも記憶に残るのはアルトゥール・ルビンシュタインである。ステージが明るく輝いていた。私は今でもルビンシュタインを最高のピアニストだったと思っている。アンコールに何度も応えて、1曲だけだよ、というように指を1本立て、しかし何度も応じた。最後に両掌を広げて、何もないという表情を笑顔でした。大阪のフェスティバル・ホールだったと記憶するが、外に出たとき、最上級のワインに酔った気分だった。

対照的だったのはマウリツィオ・ポリーニで、笑顔を一切見せない。

何しろ暗かった。こっちの気が滅入った。

その後何度もポリーニは来日し、この4月にも来るようであるが、私は若き日のその一度しか聴いていない。今回も行く気はない。

バレンボイムのピアノは、レコードではよく聴いている。ジャクリーヌ・デュプレの物語性もあって、若き日から興味は持っていた。しかし生ステージに接することがなかった。タイミングが悪かったのだろうとしか考えようがない。

バレンボイムほどのピアニストなら、私は大抵の仕事は後回しにするのであるが、それのできぬ仕事、あるいは個人の事情があったのだろう。また来るだろうと思ったこともあろう。事実何度も来た。しかし私は聴けなかった。

※本記事は、2019年3月刊行の書籍『良子という女』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。