二つの真実

その1

高校生活が始まって少し経ったときである。部活動を決めることになった。僕は将棋部とバスケットボール部の二つに入ることにした。二つの部に入るのは反対されたが、バスケットボール部が休みの時に将棋部に行くことにして二つの部に入った。

バスケットボール部の一年生の体験入部が終わって、将棋部の教室に体験のために入った。将棋部は人気がないので部員は六人くらいで、部活のための部室がなかったので、三年生の教室を借りていた。その時の体験入部に来た人はA君と僕だけだった。

将棋には自信があった。二、三年生の部員を全員負かした後、A君と将棋を指した。しかし王手飛車をかけられて負けてしまった。おそらく将棋部で一番強いのは彼で、その次に僕だろう。その後五、六人体験入部に来たが、入部したのは結局僕とA君と上杉君という背の高い一年生の三人だけだった。

高校生活にも慣れ始めたある日のこと、いつものように将棋部で先生と将棋を指しながら、いろいろ教えてもらっていた。

「君、桂の高跳び歩の餌食と言ってね、桂は動かないほうがいいんだよ。あと定跡をちゃんと覚え た方がいいよ」

「でも先生、定跡ってそれを破る定跡があるじゃないですか。負けるってわかってて、指すなんておかしいじゃないですか」

するとそれを見ていたA君が

「それを超える定跡があって、さらにそれを超える定跡があるんだよ。するとお互いうまくいかなくなって定跡にない盤面になって面白くなるんだよ。それに定跡を覚えるのが一番強くなる近道だよ」と言った。

僕は意地っ張りなので何と言われても我流は止めない。二、三年生はいつものように部活をさぼっていた。部活動が終わっていつもどおり六時に先生は帰ったが、今日は三人とも帰らないで雑談をした。最初は将棋の話をしていたが、上杉君が

「そういえば現代文の授業で志賀直哉の短編『城の崎にて』読んだ?」

と言ってから、話題は小説になった。