第1章 認知症の改善のために行った工夫

3 歌

毎日、母親の好きな歌を10曲ほど一緒に歌いました。特に食事の前に数曲歌うと元気が 出て食欲が出ました。ふじの山の歌は、いつも大きな声で歌いました。声を出すとともに手の動きが入り、いい運動にもなりました。ニコニコしながらとても調子がよく喜んで歌いました。壁にはいつも大きな富士山の絵を貼っていました。

たなばたさまの歌では、好きな歌詞のところで必ず両手をあげて、左右に振っていまし た。5月の端午の節句では、こいのぼりの歌を歌い、私が「お母さん、歌にお母さんが出てこなくて変だよね?」と聞くと、「お母さんはいつも忙しいの。きっと買い物に行っているのよ」と真面目に答えていました。

また、「柏餅が食べたい。買ってきて」。買ってくると、食べながら「かしわっぱはいい香りがする。でも、柏餅でかしわっぱがないと大福ね」と面白いことを言っていました。

たなばたさまの歌を歌ったとき、私が「おりひめさまとひこぼしさんは1年に1回七夕の時だけ川を渡って会えるんだよ」と言うと「もっと会えばいいじゃない」との返事。歌を歌うことは楽しいおしゃべりにもつながりました。

声を出して歌を歌う母親は嬉しそうで、特に童謡はとても幸せな顔つきで、認知症の改善になったと思います。

また、歌詞を思い出しながら歌うことは記憶の回復と記憶力の改善にもなったと思います。

母親と一緒によく歌った歌を第3章の2に示しました。

以上の、楽しいおしゃべり、マッサージと歌、が認知症改善の主要な3本柱になったと思います。

4 部屋の工夫

既に書きましたが部屋の壁には大きな富士山の絵のほか、季節ごとに季節を感じる絵、写真を貼りました。例えば、春は桜の写真やこいのぼりの絵、夏は七夕の写真、秋は紅葉(もみじ)の写真を貼りました。

また、季節を感じさせる鉢植えの花をいつも5~6個、部屋に置きました。例えば、冬は福寿草、シクラメンや水仙、春は桜草、チューリップ、ボケや梅、夏はユリ、ハイビスカスやほおずき、秋はコスモスや菊です。

母親は、毎日朝起きると、車椅子で洗面所に行って、水道の蛇口をひねりコップに半分ほど水を入れて花に水やりをしました。車椅子で数回往復しました。床によく水をこぼしましたが一生懸命しているので注意はしませんでした。毎日、朝起きて、忘れずにすぐ花に水をやろうとする一連の動きは、記憶力と緊張感が必要で、脳へ、とてもいい刺激になっていたと思います。

一日のどこかで、「お母さん、花に水あげた?」と聞くと「ちゃんとあげたよ」と答えてくれます。今日やったことを覚えているので安心しました。もともと母親は子供のころ「将来は花屋になりたい」と言っていたそうで、花が大好きでした。鉢の花を指して「これなんて言うの?」と聞くと、すぐに「チューリップ」と答えるように多くの花の名前を覚えていました。

たまに名前を間違えるか思い出さないと、私が「お母さん、頑張って思い出して」と言うと、「うーん、ダメ。ボケたわ」。私「ボケてないよ。ほかの花の名前は思い出しているのだから」。母親 「それじゃー、大ボケでなく、ちょいボケね」。こんな他愛のない会話をして二人で笑いました。

認知症がかなりあったころは、母親が気にすると思って、私はボケの花を別名の放春花と呼んでいましたが、認知症が改善された時は、心配もなく「これはボケの花だよ」と言いました。母親は「桜の花に似ていて綺麗ね」とボケの言葉をまったく気にしませんでした。

壁とは別に棚、置く台をたくさん置いて、いく種類かの鈴、また、お正月には鏡餅、桃の節句にはお雛さま、と季節を感じさせるものも置きました。鈴は母親が旅行先で買ったもので、手に取って振っては「これはサンフランシスコの教会で買った鈴、とても澄んだいい音がする」と旅先を思い出していました。

その年の十二支の干支の夫婦の置きものも飾りました。ウサギの時は「私の年」、羊を見ては「お父さんの年」、午を見ては「すぐ下の弟みっちゃんの年」とちゃんと分かっていました。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。