第4章 合目的的なる世界

第4項 合目的の寂しい世界

1 ノイズ

“絆”という標語にも似た流行(はやり)言葉が人々の間で頻(しき)りやたらに確認されるのは、かつては相互扶助なしには成り立ち得なかった世界が見事にそれを克服し、不便にもいちいち人を介在しなくとも、人独(ひとひと)りシステムとの共働作用でおおよその目的を一層よく果たせる様になったからだ。絆は、社会の成立の当然の前提条件ではなくなった。

合理的効率性という価値観が一人勝ちした上で、その効率性が一義的に数値化されれば、そこに議論の余地はない。そして、議論の余地はないのだから、決定事項はしめやかに“粛々(しゅくしゅく)と”行われる。仮にそこに割を食う人が不可避的にやむ無く存したとしても、それは尊い犠牲ではなく、全体最善の為の必要コストだ。

ファッションコーディネイトもお店探しも仕事選びも仕事も美味しい三杯酢の作り方も、相談相手、アドバイザー、最高のパートナーは常に掌の中にある。

人と人との間の信用も必要なくなった。面談せずともコミュニケーションを積み重ねずとも、利用者参加型・縦横監視的管理で仕事の評価も人間の安全性も相当程度、担保できる。相互コミュニケーションから自律的システムへ。

成果を出すためには、人と戯(たわむ)れている余裕はない。

偉大なるチェス盤は、種々のゲームをその内に包含している。人々は良く働く駒として、自らの選んだ領域のゲームに、静かに夢中で没頭する。

1 それぞれの一方通行

「私も楽しかったです♡

どんなお店なんだろ(・∇・)

めっちゃ楽しみ(*^O^*)

近いうち行けたらいいなぁ。

誘ってね! タイミング合ったら絶対行きま~す♪」

夜中のショットバーのカウンター席では、大抵いつも、プロの娘が人を処理している。

指名をくれたお客さんの余韻の処理。

締めの“絶対行きます”には、それとなく条件が付されている。

一つ打ち終わり、また次のを打つ。合間に電子タバコの充電をし、吸い、ホルダーから吸い終わりを外し、指で弾く。隙(すき)なくホルダーを充電する。忙(せわ)しなく指先は動いている。彼女の視線は画面に向かい、時おり微(かす)かに上下左右する。仕事中だ(棋士であれ、嬢であれ、没頭している人間を見るのが私は好きだ)。数件やって、スマホを壊れない程度でカウンター・ テーブルに放り出すと、漸(ようや)くほっと一つ、溜め息を付く。

スマホのもう一つの主機能であるSNS。LINEやメール。

伝えたいことがあるなら文面と絵文字で即時に届く。目的に添って簡略化されたコミュニ ケーションが主役。会って話すより楽で良い。というより、

「時間中だって、会話なんてないよ。」

と嬢は言う。

「彼氏はいるかとか、昼は何してるだとか情報収集訊問。だから、ダーツかカラオケ。間を気にしながらの会話よりお客さんも楽しそうだしね。」

夜のサービス業の人々は、木こりが山を良く知るように、世相・景況や人間の変化に明るい。人から直(じか)に稼ぐからであり、人を良く見ている。夜が明けてそれから朝が来るように、 彼女(彼)らの仕事の在り方や仕事で見聞きしたものは、人間のこれからの向きを正確に指し示している。

私は夜と将棋から世界を学ぶ。

日々、合目的的に様々な過程を省略し先を急ぐ私たちは、記憶に乏しく、記憶に乏しいところに話題はない。

「僕らは離れ離れ。たまに会っても話題がない。」

偉大なる桂馬、ロックバンド“UNICORN”の『すばらしい日々』の歌詞の冒頭に指摘される通りだ。カラオケ、ダーツ。

これにボウリングも含めれば、元より我々は、皆で高いところのモニターを個別に見る遊びが好きだ。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『人間を見つめる希望のAI論』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。