6 皐月(さ つき)の華

日本の花。真っ先に思い浮かぶのは、桜。花びらの色や数は木によってさまざま。これだけの種類がつくられたのは、やはり桜が日本人に愛されてきたからだろう。日本のあちこちに植えられた桜は、南から北へと花咲いてゆく。

桜の魅力は、満開に咲きこぼれた後、散ってゆく儚さ。また、岩を割ってでも成長し、どっしりした黒い幹を持つ生命力。桜は、繊細な美しさと、力強さという面白さを兼ね備えている。そして、一度散っても翌年にはまた新しい花を咲かせる。「命は廻る」という自然の摂理を感じさせるのも、桜の力だ。

代表的な桜のひとつは、染井吉野。暖かいところで二月中旬に咲き始める河津桜は、まず、春を告げる花と言っていいだろう。山桜はそれらの桜が終わってからが見ごろとなる。

私がまだそれほど忙しくなかった頃、富士五湖の山中湖にある父の山荘で晩春を過ごすのが楽しみだった。富士山の五合目近くにも、遅咲き桜が咲く。

山を薄桃色の霞が覆い尽くすような、吉野の山桜は確かに見事だ。

しかし、ほかの桜が散る頃、花咲く富士の桜も、これまた美しい。育ちやすいとは言い難い土壌に懸命に根を張り、花を咲かせる富士の山桜からは、日本人の美意識を感じ取る。

五月頃に見ごろの山桜を、私は『皐月の桜』などと呼び、楽しみに眺めていた。どうしたことか、年を経るにしたがって忙しくなり、楚々とした皐月の桜を眺める余裕もなくなった。嘆かわしく残念なことだ。

私は自然とのふれあいに思いを巡らすことが多い。

能の『大原御幸』の場面……「青葉隠れの遅桜。初花よりもめづらかに。なかなか世を変わるありさまを。あはれと……」。平家滅亡の後、建礼門院を後白河法皇が訪れる都の果ての風情。社会と歴史に翻弄された人間の生涯。

花が散った後は若々しい緑の葉をつける桜。季節とともに桜が伝えるのは、人の世が変わってもまた廻りくる姿なのだろうか。

そうだ! もうまもなく雨露の恵みの季節となり、はや夏も近づく。

※本記事は、2018年11月刊行の書籍『世を観よ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。