二つの真実

その1

僕の名前は仁志正良。明日から名門R高校の一年生である。好きなことは将棋とバスケットボールと勉強で、なんでも挑戦する性格である。家族は父と母と兄が一人いる。父と母は毎日夫婦喧嘩をしていて、兄は勉強をしないで僕をいじめてばかりいる。兄は勉強をよくする僕に、

「将来のことを考えるのは大事だ。しかしそれは目的をよく考えるということであって、目的を誰かに決めてもらって、その目的のために計画を立てることは将来をよく考えているとは言えない。お前は勉強に依存しているだけだ。勉強をしていると楽だからだ」

などと訳の分からないことを言って僕の勉強の邪魔をしてくる。だから僕は兄と夜寝る時間をずらして勉強をしている。

僕の今までの日常はこうだった。毎朝五時に起きて七時まで勉強をしてから朝食を摂り、学校へ行く。中学校では生徒会役員のメンバーに入っていて、忙しいが授業ではいつも積極的に手を挙げる。放課後は部活動をして、終わったらそのまま塾へ行く。家に帰ると夕食を摂った後洗面台の前で、居間で父と母が夫婦喧嘩している声を聞きながら歯磨きをする。すると兄が入ってきて

「邪魔だ、どけ」

と言って歯ブラシを逆手に持って僕の頭を殴ってくる。抵抗したり仕返ししたりすると怒るので、僕は黙って洗面台から離れる。その後は風呂に入って十時に寝る。と言っても兄に寝る邪魔をされるので十一時くらいに寝ていることになる。そして十二時に起きて勉強して、二時に寝る。

次の日、高校の入学式で僕は懐かしい友人に会った。小学生の時友達だったA君が同じクラスにいたのである。僕は彼に話しかけたが、A君はなぜか緊張していて小さな声でしゃべっていた。A君と友達になったのは小学校五年生の時である。それまでのA君は不良のようだった。授業中に立ち歩いて授業を妨害し、宿題など一度も出したことはなかった。

それが僕と友達になって彼は変わった。それからは宿題をほかの生徒の二倍もして、授業も真面目に受けた。彼は孤独だったのだ。それでひねくれた態度をとっていたのだ。僕は中学生の間、A君が、友達がいなくて孤独ではないかとずっと心配だった。

入学式が終わって家に帰るとまた父と母が喧嘩をしていた。この夫婦喧嘩は母が悪かった。この夫婦喧嘩は、五年前、父が執筆や大学講師の仕事のし過ぎで疲れているのを、母がうつ病だと決めつけたのがきっかけだった。そして精神病院に通院させ、気持ちがハイになり元気が出る薬を飲み続けさせた。

すると、その薬の副作用で父が異常に元気になったのを見て、今度、母は、それは双極性障害(躁うつ病)の症状だと断定し、ありもしない様々な症状を主治医に誇張して伝え、父の意思に反し、医者に頼んで強制的に入院させてしまったのだ。しかし、いくらなんでもこの母の一連の行動には無理がある。まるで母は父に重篤な躁うつ病になってほしいようだった。後に父に聞 いた話だと

「母は自分の右手中指を子供の時、不注意で失ってしまって今はない。その後、東京の病院に長期入院し、足の親指を切断し、中指に繋ぐ大手術をした。そのように他人と違う身体的欠陥があるというコンプレックスを持っている母は、他人も、自分の配偶者も、子供も、何か身体的に、あるいは精神的にハンディキャップがあると思うと親近感がわき、自分の仲間だと思い、あるいはそういったことで自分を正当化させ、満足させようと思うきらいがある」

らしい。さらに父は後に言っている。父方の親族が当時、一連の家庭の不和、騒動を医学博士や弁護士に相談したところ、母親が子供を障害者として特別支援学級に入れたり、夫を精神障害者とし、そういった自らの境遇を周囲の人間に語り、自らの精神的満足を得ようとするような場合、その女性は、代理ミュンヒハウゼン症候群の可能性があるとのことだった。

話を戻す。

いずれにせよ、父がそんな理由で躁うつ病にされては迷惑きわまりないだろう。しかも、それだけならまだしも、母は父の生きがいだった仕事をすべて辞めさせ、精神病棟に入院させてしまったのだ。しかもその病院での父の扱いはひどかったらしい。医師や看護師は何を言っても精神障害者の話であると決めつけ、まったく耳を貸してくれず、何もない密室に何の説明もなく閉じ込められて、監視カメラでトイレの中まで撮影されていたという。

何か月もの間ずっと。馬鹿な精神科医は、看護師・保健師・養護教諭の資格を持つ母の言っていることだけを鵜呑みにして信じ、父を何の根拠もなく、重篤な躁うつ病患者と断定し不当に扱ったという。さらに、母は父がどれだ けおかしくなったのかという事を、真実とはかけ離れた内容でいろいろな人に、友人や知人、近所の人、親戚に大げさに説明し、同情されることを良しとしたのだ。

父が精神疾患となり入院したことを聞いて、父の母、つまり僕の祖母に当たる人、および父の姉、その夫らがショックを受け、す ぐさま病院に面会に来たところ、すぐに父が正常であるとわかって、様々な手続きをして最終的に父を退院させた。ところがそのことによって母の怒りは爆発し、一方、今までは母の言うことを素直に聞いていた父が逆らうようになった。

母はそんな父に対してさらに激怒するようになった。僕はこれを見て、そもそも躁うつ病のような病は医療の分野ではないと思った。僕は文学の分野であると思う。なぜなら科学的に十分証明されないとしか思えないからだ。手術でここをこうすれば治るという方法ではなく、自分がその病気だと納得することが治療につながる、などという非科学的に見える治し方もあるからだ。

逆に、まじないで病気が治る、などと言って患者を取り上げられたら医者は当然怒るだろう。病気は文学の分野ではないのだから。

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『令和晩年』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。