栗に願いを

「お料理好きなの?」
「はい、割と自分で作る方です。施設で出す食事のメニューも栄養士さんと考えたりしてますよ」

彼はよく食べ、よく飲んだ。私が数日かけて完食するビーフシチューも、おかわりをしているうちに無くなったのにはびっくりした。一緒に食事の後片付けをしながら、今の養護施設のことも話してくれた。

「父はね、本当に努力して今の仕事をしているんです。父に反発した時期もあったけど、大学で福祉を学んで奥深さを知ったんですよね。僕なんてまだまだ勉強が足りないけど……」
「そうなのね。でも今お父様は喜んでらっしゃるんじゃない? 一緒に働くことができて」
「そうだといいんですけどね。まだ任せてもらえないことも多いから一つずつ、それを増やしていかないと」

ゆったりと流れる時間の中で、たくさんの話をした。知らない世界の話を聞くのがとても刺激的で、自分の仕事と通じるところもあって、為になる話が多かった。

人は経験がものを言う。彼はまだ数年の社会人経験ではあるけれど、彼なりのポリシーや目標を持って仕事に臨んでいることが手に取るように分かった。こんな若者もいるんだな、と日本の未来に少し安心もしたり。

「じゃあ、おやすみなさい」

そう言って彼は奥の部屋へ消えていった。長旅と労働、そしてほろ酔いからのお風呂で、いい気分だったろうな。

翌朝、彼の為に朝食を作った。スクランブルエッグの味つけに久しぶりに気を使った自分がちょっとかわいく思えた。

結婚生活ってこんなもの? 同棲ってこんなカンジ? 彼のおかげで少し疑似体験ができたようで、ちょっぴり感謝。

朝食を食べ終わった後、早速栗の収穫に入る。今日の夕方には、彼は戻っていくだろう。そして私の日常も戻ってくる。

最後の作業を終えた時、淡く輝く夕陽が射してきた。その夕陽が合図だったかのように、彼がこう言った。

「来年また、来てもいいですか?」
「ええ、もちろん。待ってるからね」

なんともいえない気持ちになった。あの日から閉ざしていた恋愛感情? 恋に似たような、でもそれとは少し違う、心の奥の奥にぽっと小さな明かりが灯ったような独特の感情だった。

彼がふざけて栗の木に短冊をつけてくれた。その短冊に書かれたさりげない言葉に私は微笑んだ。

彼は来年も約束通り来てくれるだろう。私にとって一年に一度逢える、輝く星のような存在。そんな彼に、来年も逢えますように。

※本記事は、2020年8月刊行の書籍『君と果実を』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。