第4章 合目的的なる世界

第4項 合目的の寂しい世界

1 ノイズ

将棋の盤上で、主戦場から取り残され敵玉の攻めにも自玉の守りにも役立たない駒を、“遊び駒”という。

遊び駒。

戦場にあって不名誉な牧歌的響きを帯びるに至ったその駒は、将棋にあっては活用するものとされたが、合目的的世界の巨大なるチェス盤では静に淘汰され消えていく。盤上に残された駒は、それぞれの領域に設定された目的を見据え、自らの在(あ)り様(よう)も効率的にアップデートし、備え付けられたシステムに規律され、良く働く。

皆が、水平互いに互いを、ではなく一段高くに位置された目的を、各々の存在の条件に懸からしめられた至上の主題(テーマ)として、それぞれの位置から真っ直ぐに見ている。

窓のないエレベーターにたまたま乗り合わせた人たちは、目的階に着くまで、それぞれに無言で上方の表示階のランプの点灯を眺める。上昇は、エレベーターとそれぞれの人との関連にあって、同室内の人々は相互に関連しない。別々に載(の)り、上昇し、別々に降りる。合目的的世界の上昇は、それと少し似ている。

時間は、自分を目的に向かって高め、自分を成長させるための貴重な資源だ。かつて統治者を苛立たせたカオスは、もうそこにはない。

“ノイズ”、人間の粗暴さも煩雑さも情に引き摺られた曖昧さもより怠惰なだらしなさも、ちょうど自動運転システムが天下の路上からそれを綺麗に除去したように、競争(ゲーム)の篩(ふるい)に掛けられ消失した。

透明でクリーンで清潔感がある、厳しい合目的的世界は、のみならず寂しい世界だ。

入れ換わり立ち替わり、上昇思考と人とで溢れ返る都会にあっては人は煩(わずら)わしいものだが、 穏やかな引き潮の如く、少しずつ確かに人が退(ひ)いていく地方にあっては、人には、その人の如何を問わず残ってほしいという気持ちが強く働く。

かつて改札から人がいなくなり、この頃は知った顔の店が閉じ、そのうちレジからも、倉庫からも、バスからも、街から人がいなくなっていく。依ってむしろ、より正確で24hで安価で安定的なサービスが提供される。

人(に掛かる経費)が今や一番のムダとなり、解決する整理的淘汰を、機能面からではなく心の向きから見れば、私も人である以上、寂しい。

合目的化、機能化に最も向かない心が、取り残され、解決の対案を持たない子供じみた面持ちで徒に寂しがっている。

問題を解くための手順を定式化した形で表す、いわゆるアルゴリズムが仕切れば、およそ目的を設定した時点で、その遂行には心の働く余地はなくなる。

そもそも目的が正当か、必要か。成果はどの程度の指数か。指数を導く評価関数は適正か。その方法は最善か無駄か。緩急を持つ心で取り組むには、その対比は些(いささ)かコントラストが効きすぎている。

過度な感傷への耽溺(たんでき)は思考の足をも停めてしまう。振り払い、冷静な視線で再びチェスの盤上的な世界を眺めると、残された選ばれし駒たちの在(あ)り様(よう)もまた、屹立(きつりつ)として寂しい事に気付いた。

相互性の省略。

言い換えれば人工知能が可能にした“各々完全一方通行性”は、人が人を必要としない社会、個人にあっては生き方を可能にした。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『人間を見つめる希望のAI論』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。