1章 つらいことは自分で乗り越えろ

離婚は情けないことではない

「離婚は情けないことではない」「離婚は恥ずかしいことではない」「離婚はかわいそうではない」「離婚の恐怖はない」「離婚で人から笑われることはない」「離婚によって僕の価値が下がるわけではない」「前向きな離婚だ」「離婚は前向きだ」「離婚は楽しい」

これを読んで「えっ」ってなる人はいるでしょうね。「『離婚は楽しい』って何なのだ。不謹慎だ」と思うのでしょうね。これも試しです。

たまたま僕も「離婚は楽しい」と書いちゃったのです。前向きな言葉を発しようとして、前向きな文章を書こうと思っていたら、「離婚は楽しい」と書いてしまいました。何事も嫌だなぁと思えば嫌になるし、楽しいなぁと思えば楽しくなるものなのです。

「離婚は楽しい」と書いてしまったとたん、僕は笑っていました。何か変だけどおかしいなって。そしてなぜ「離婚は楽しい」のだろうかと脳が考えだしました。

もちろん、離婚が楽しいわけがないのです。悲しい出来事ですよね。寂しいという感情も湧いてきますよね。

そう離婚はつらいでいいのです。それはそれで置いておきましょう。

では、離婚しようとしているあなた、もしくは離婚したあなたが「楽しい」という感情を持ってはいけないのでしょうか? 答えは「ノー」です。楽しんでいいのです。

「悲しい」「寂しい」「つらい」「苦しい」など、ネガティブな言葉がどんどん浮かんできて、八方ふさがりになっていませんか? そういった言葉に押しつぶされそうになっていませんか? 「全てがつらい」「全てが苦しい」というなら、どこかで切り替えなければなりませんよね。

たとえ話です。僕の持論です。夏が「幸せ」だとしましょう。冬は「不幸」だとしましょう(冬さんごめんなさい。たとえ話ですから)。

人間って考え方次第で「夏」か「冬」のどちらかの季節に、一瞬で切り替わってしまうのではないかと僕は思うのです。「春がぽかぽかしていて好きだ」とか、「秋は涼しくていいな」とか思うでしょうが、ちょうどいい季節には、行けないような気がするのです。よっぽど鍛錬を重ねた人は「ちょうどいい季節だなぁ」と考えられると思いますが。

つまり、「離婚は苦しい」と言えば、「苦しい」という言葉に反応して「冬」=「不幸」な季節・状況だけになってしまいます。もし、「離婚は楽しい」と言えば、「楽しい」という言葉に反応して「夏」=「幸せ」な季節・状況になってしまう。これって言葉のおもしろさなのです。

「夏」と「冬」もそうですが、「幸せ」と「不幸」って対極のものですよね。あくまでも持論ですが、どちらかになってしまうと思っています。

「幸せ」と「不幸」の間の言葉って何か思いつきますか? 「ちょうどいい幸せ」「ちょっぴり不幸」「幸せと不幸のハーフ」「幸せと不幸をたして二で割った感じ」とか言うのですかね? 多分、「幸せ」か「不幸」のどちらかを選ばなければならないことになっていると思うのです。

「離婚は楽しい」って言葉で笑えるならそれはそれでいいじゃないですか。あなたが「楽しい」方向に行けるのなら「離婚は楽しい」と言ってもいいと思います。

言ってしまって笑えるのならそれはそれでいいのではと思うのです。笑えたら「しめたもんだ」と言いましょう。

※本記事は、2019年6月刊行の書籍『「つらい」と思っている人へのエール あなたは本当に魅力的な人間ですね』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。