壱─嘉靖十年、漁覇翁(イーバーウェン)のもとに投じ、初めて曹洛瑩(ツァオルオイン)にまみえるの事

(4)

ドン、ドン、ドン……と勢いよく太鼓がうち鳴らされた。いよいよである。

ざわついていた会場が鳴りをひそめると、壇上の少女は、水鳥が空へと飛びたつようにうたいはじめた。

天河は夜転じて廻星(かいせい)を漂わし
銀浦(ぎんぽ)の流雲は水声を学(まね)ぶ
玉宮の桂樹(けいじゅ) 花はいまだ落ちず
仙妾は香を採りて珮纓(はいえい)を垂る……

少女は、満場の視線を、いともかろやかに奪ってみせた。舞台の前では、蛹(さなぎ)がむっくりと起き出すように、ひとり、またひとりと前のめりになってゆく。

秦妃(しんぴ)は簾を巻いて北牕(ほくそう)暁け
牕前(そうぜん)の植桐 青鳳(せいほう)小なり
王子は笙(しょう)を吹いて鵝管(がかん)長く
龍を呼び煙を耕して遙草(ようそう)を種う……

ときには静謐(せいひつ)にして幽玄妙麗、ときには雄渾にして疾風怒濤。これが、わずか十四歳の舞いであろうか。

粉霞(ふんか)の紅綬(こうじゅ) 藕糸(ぐうし)の裙(くん)
青洲に歩みて拾う 蘭苕(らんちょう)の春
東に指す 羲和(ぎわ)の能く馬を走らすを
海塵(かいじん) 新たに生ず 石山の下……

春野に花がほころぶように、夏風に草がほどけるように、彼女はうたい、かつ舞った。

曇明(タンミン)師と別れ、厳嵩(イエンソン)邸をあとにした私は、すっかり夢見心地になっていた。さっき飲んだ紹興酒のせいではない。

ようやくわれにかえったのは、塒(ねぐら)の扉をしめて、ひとりになってからであった。

ああ、明日も、はやく起きて炊き出しか。先ほどの舞台のはなやかさにくらべ、わが身のことを考えると、窒息しそうな気分になる。

ああいう世界で生きてゆければ、楽しいだろうな。

このまま漁門にいても、一生、屋台曳きで終わるのではなかろうか。屋台曳きになるのなら、あのおもちゃ屋のおやじではないが、わざわざ痛いおもいをして宦官にならなくてもよかった。せっかく宦官になったのだから、もういちど、宮中で仕官したい。それも、貴人のそば近くでだ。

いや、待てよ、貴人といえば……そうだ、陶仲文(タオジョンウェン)道士 の予言。あれを信ずれば、私は今日、貴人につらなる人物に会ったことになる。それは、いったい、誰なのか?

曇明(タンミン)師か? 師は、命の恩人でもある。けれども、僧侶というものは、世俗における出世とは、ぜんぜん関係がない。それだからこそ尊いのであるが、私は棚からぼた餅、あわよくば成功者になってみたいという色気を捨てていないし、「本来無一物」をよしとする師が、世俗の成功への足がかりを提供してくれるとも思えなかった。

それなら、高級官僚の厳嵩(イエンソン)殿か? いや、その線もなさそうだ。きょう、はじめてあの方と接したが、なにかが違う。志が合わぬというか、いや、私にはそんなにりっぱな志などないのだが、人生を変えるほどの出会いには、火花のごときものが走ってもよさそうなものであるのに、なんの霊感もはたらかなかった。

舞台がはじまる前に、ひとりの酔客と出会ったが、ながねん科挙に失敗しつづけている浪人では、申しわけないが問題にならない。

すると……貴人とは、建昌伯(けんしょうはく)のことだろうか?

目抜き通りをわがもののように飛ばし、人をはね飛ばして悪びれないところもあるが、厳嵩(イエンソン)殿に口をきいて、すばらしい舞台を見せてくれたのはあの人だし、なんといっても皇太后さまの弟だ。いろんなところに人脈を持っているにちがいない。あのお方が推輓(すいばん)して下されば、皇太后さまにお仕えできる道が、ひらけるかもしれない。

仁寿宮(じんじゅきゅう)で切り落とした槐(えんじゅ)の木の手ざわりや、女官たちのはしゃぎ声が、ふっとよみがえった。

翌日、いつも姿をあらわす飛蝗(バッタ)少年が、来なかった。 湯(スープ)は陽がのぼる前に炊き出さないと、庶民の朝めしど きに間に合わない。私は羊七(ヤンチー)の畜舎まで出向いた。

羊七(ヤンチー)は私に気づくと、臓物を切り分ける手をとめて、 亡霊でも見たような顔をした。

「おお、叙達(シュター)!」

小さく叫ぶなり、あたりに鋭い視線をとばし、扉を閉めろ、と合図した。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『花を、慕う』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。