1章 つらいことは自分で乗り越えろ

人との比較

僕みたいに離婚する人もいます。そういるのです。結婚する人もいます。子供が生まれる人もいます。

幸せな家庭の人が普通というのなら、離婚する僕は普通じゃないのか。そして、僕は不幸せなのかと考えました。僕の答えは「僕は不幸でもなければ、ごく普通」なのです。

「普通こうなのよね」とか「常識的にはこうだ」と言う人がいますが、人それぞれなのだと思います。

僕はあえて言います。「離婚しましたが、何か」と。

僕は「かわいそうな人間はいない」と思っています。だから「自分もかわいそうではない」と思っています。

「僕は二十代のときに足を骨折してそれ以来ぎこちなく歩いています。身長は低いです。子供もいません。そして離婚もしました。それでも僕はかわいそうではないのです」そう思っています。

何か問題なのでしょうか? 僕は自分の足が痛いからといって何か問題が発生するかどうか考えました。確かに足が痛くてゴルフで一〇〇を切ったことが一回しかありません。しかし、ゴルフを一緒にやってくれる仲間がいます。そして楽しいと思います。背が低いからといっても、高枝切りばさみで高い枝を剪定することができます。今は道具が進化していますからね。

自分がかわいそうと思っている人間にも僕は、「あなたはかわいそうじゃない」と言っています。

離婚したから不幸かというとそうではないのです。僕は離婚してもかわいそうではないのです。僕は一例です。ただこういう人もいるのだということを言いたいので す。いわゆる僕はサンプルなのです。僕は「どうぞ僕を見てください」と堂々と言います。

失うものもあれば手に入るものもある

離婚により失うものはなんだろうと考えました。妻を失う? 妻がいなくなる。妻がいなくなると何か支障をきたすだろうか? と考えました。妻は洗濯をしてくれたなぁ、食事も作ってくれたなぁ、それは自分でやることになるなぁ、だけどそれは自分でもできるなぁ。いろいろ考えました。支障はそんなにないかなぁ、と思いました。

離婚により僕がバカにされるってことはあるのかなぁ。僕が傷つく事はあるのかなぁ、と考えました。「そのお年になってかわいそうね」とか言われるだろうけど、もう「離婚はかわいそうではない」って書いちゃったから、僕はかわいそうではないしなぁ、なんら問題はないなぁ、それだけのことなのです。

被害妄想ってありますよね。他人は何とも思っていないのに、勝手に自分の悪い噂が流れていると思ってしまうのですよね。誰もあなたを「かわいそう」なんて言っていないのですよ。「かわいそう」と決めているのは、あなた自身なのです。「私はかわいそうじゃない」と言うことができるのです。変えることができるのもあなただけなのです。

失うものもありますし、手に入れるものもあります。僕もいろいろと失うものがありましたよ。逆に手に入れたものもあります。それは、「考える時間」でした。これは僕にとって大変重要で必要なものだったのです。

※本記事は、2019年6月刊行の書籍『「つらい」と思っている人へのエール あなたは本当に魅力的な人間ですね』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。