研究ノート・1

現存する二倍年暦

── インドネシア(バドイ)からの報告

その後しばらくして、T先生から連絡をいただきました。その報告では、資料はやはり見つからなかったそうです。また、あちこち当たって見たが、当時の関係者もすでに亡くなっていたりして連絡が取れないというお話でした。

これで、この話も「おしまいか」と諦めかけていたところ、新しい展開がありました。在学中のインドネシアの学生から情報が寄せられたのです。

それが通称キキことKiki Mulyadi君で、なんと彼の祖父はバドイ族と同じスンダ語系の民族で、しかも公務員の仕事で七年間その地域に派遣されていたそうです。また、一度だけ彼らに会ったことがあるという話でした。

インドネシアは総面積一九〇万平方キロ余で、大小一万数千もの島々から成り立っています。人口は約二億四〇〇〇万人(二〇〇四年調べ)で、ジャワ民族が一番多いものの全体では数百を超えるさまざまな民族から構成されている、多島・多民族の共和国です。

中でも特徴的なのが少数民族の象徴であるバドイ族で、「禁じられた土地」に住む人々として知られています。

先年、時の大統領スハルトが彼らの子供たちに教育を受けさせようと試みたときに、住民の代表は使者を立て、この申し出を断ったといわれています。

そういう状況にあるため、Kiki Mulyadi君のレポート(第9回)にあるように、「戸籍」自体が作られていないようです。

その一方で、何を根拠としているのか、今でも平均寿命は普通のインドネシア人よりも長く、ほとんどの部族民は七〇歳を超えていて、一〇〇歳を超えている人も珍しくないといわれています。

「二倍年暦」は人類史という大きな枠の中で考えてみると、いかなる分布圏において、いかなる時間軸で、何を背景として生まれたのでしょうか。

東南アジアの他の地域でも実例が報告されているので、一つの仮説として雨期・乾期をその根拠として考える見方があります。もっとも、インドネシア(ジャカルタ地域)における年間降雨量の平均値を見ると、雨期に当たる期間は一年の真半分ではありません。

大学セミナーハウスで行われた古田先生のセミナーにおいて、今回見つけたインドネシアの二倍年暦について報告と質問を行ったところ、会の終了後に物理学者の荒船次郎先生(大学評価・学位授与機構)から貴重なご教示をいただきました。

「地球の公転の関係で、赤道を挟んで、その北と南二三・五度の範囲内では一年の内に天中(太陽が真上にくる現象)が二度あります。そのことと何か関係ないですか」という内容の指摘でした。

確かに、先年「二倍年暦」の痕跡が報じられたパラオも今回のバドイも、その条件を満たしています。

ただ、今のところそれに関連する事例を見つけることができていませんので、今後インドネシアの年間行事や祝祭日など、キキ君と情報を交換しながら調査を続けたいと考えています。

※本記事は、2019年7月刊行の書籍『神話の原風景』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。