Ⅱ.これこそが慢性病の根本原因だ!

2 視点を変えると、見えてくるもの​

発症までの長い道のり

人が死ぬということは、一生の中でも誕生と並ぶ大きな出来事であり、例えば、肉親の一人が亡くなったのならば、その悲しみはいかばかりか、計り知れぬものがあるはずです。

ところが、亡くなった当座はひとしきり深く嘆き悲しまれるものの、時間の経過とともに悲しみは徐々に薄れて、人はしばしばその故人と同類の病気によって死亡することを繰り返しています。それぞれ振り返って考えてみれば、同種の病気で亡くなっている近親者が意外に多いことに気付くことでしょう。

通常は、同じ過ちを何度も繰り返すということは、“愚かさ”を象徴的に表す事象と判断されるものです。しかし、人間の大半は自らを“愚かだ”などとは考えていません。それどころか、人間は自らを生物界の頂点に置き、極めて賢い生き物であるとしているわけです。

しかし実際は、近親者と同類の病気で命を失うということは、かなり頻度高く見受けられるのです。いずれも宿命の病気であって、何人たりともこの罠から逃れる術はないということも確かにあるとは思われます。

しかし、もう少し抵抗の仕様はあるはずですし、その術を見つける努力がもっともっとなされてしかるべきだと私は考えています。残念ながら、今までの医学界は、慢性病の原因やその発症のメカニズムを未だ僅かにしか解明することができずにおります。

したがって、慢性病が人間に対して仕かけた罠にはどのようなものがあるのかということに十分気付けないままに今日に至っています。このような実状にあっては、前者の失敗例から学ぶことが余りできないままに、その罠に次から次へとはまり込み、莫大な数の人命が、時に非常に呆気なくその罠に絡みとられてしまってきていたと考えられるのです。

しかし、この状態をいつまでも放置することは、もはや絶対に許されないのです。特に我が国の場合は、戦後まもなくのベビーブームの際に生まれた団塊の世代の超高齢化ということが重なりますので、なおさらです。

※本記事は、2020年3月刊行の書籍『殺人うんこ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。