第1部 捕獲具開発

3章 仕掛けとその効果

設置してすぐにネズミが群がってくる様子が映るだろうと予想していたのだが、そうはならなかった。

ネズミたちはパンの存在をすぐに認知したはずなのに、小さい個体はまったく近寄ってこない。まるで、大きい個体に遠慮し近寄ることさえできないように見える。大きい個体も、仕掛けの近くで立ち止まって思案する様子もなく、近くまで来て通り過ぎるだけである。

パンを認知しているが、警戒心の方が強く何回も断念したという風に見えた。チャレンジしたのは仕掛けに足を突っ込んだ1匹だけであり、おそらく大きい個体であろうと思われるのだが、決心するのに6時間以上かかった。

そして、仕掛けに対するチャレンジは1回で終わっていたため、2回目以降のチャレンジと他のネズミのチャレンジはなかったことになる。

映像から、いつもの餌場に突然現れた豊富な餌に対するネズミたちの行動が観察された。豊富な餌に対して競合し合うネズミが映っていないので、映像に映っている集団は、よそ者を含まない、餌場を共有する集団であると考えられる。

そして、通常その集団が共有する餌場に小さい餌が落ちていた場合、いち早く見つけた者に食べる権利があり、体の大小と強弱は関係なく、いち早く、口に入れた者の勝ちとなるだろう。

普段めったに落ちていないほどの豊富な餌が餌場に出現した場合、餌場を共有する集団内の個々の個体がどのように行動するかが観察された。

好奇心の強い子ネズミたちが我先に集まって来ることも予想していたのだが、そうはならなかった。争う様子が映っていないので、豊富な餌をめぐっては、無用な争いが起きないように集団内に決まったルールがあるようである。

個々のネズミが常にそのルールに従って行動していると考えた場合、豊富な餌に対する優先権は真っ先に近づいてきた大きい個体にある事になる。

映像に映っている個体の数から判断してこの集団は家族集団である可能性が高い。ネズミが暗視カメラの赤外線を感知している可能性が高いので、警戒させないためにも一晩だけ照明をつけたままにしていた。

暗くして暗視カメラだけにした場合、物陰から赤外線を反射した2つの目が不意に現れ、じっとカメラの方を見ているのだが、明るくしておくとそのようなことはなく自然な動きが観察できた。

餌の手前に見慣れないものがある場合、クマネズミは警戒心を優先し、不用意に行動しないことがわかる。仕掛けにチャレンジした大きい個体は、この場合、食べきれないほどのパンを独占するためにチャレンジしたのだろうか?

後に、捕獲した3頭のクマネズミをしばらく飼ってみて分かった事だが、1日に1匹が食べる量は平均して6枚切り食パン1枚の5分の1~6分の1に過ぎない。

そして、捕獲具を使って観察した例の中に、1匹では食べきれないであろう豊富な餌が一晩で食べ尽くされた例があった。

勇気ある1匹のチャレンジが成功した後で、餌場を共有する集団が仲良く食べたかもしれないと考えた場合、勇気あるネズミのとった行動、すなわち仕掛けに率先してチャレンジする行動は、餌を独占するためではなく、集団内である役割を持つ個体が進んでその役割を果たしたからではないか?

この時には思いつかなかった発想であり疑問である。

豊富な餌があっても、親のチェックが済むまでは子は不用意な行動をしない。そんなルールが集団内にあるような気がしている。

随分飛躍した推測である事は十分承知しているが、たった1つの観察だけで捻り出した推測ではない。集団を維持するためのルールがネズミ社会の中にもあるだろうという考えは、これまでの観察事例をつなぎあわせ、何故だろうと繰り返し自問する間に浮かんできた。

その根拠となるいくつかの観察事例について詳しく紹介するのも本書の1つの目的なので、一通り読んだ後に振り戻って読み返していただくと理解していただけると思う。

中でも、クマネズミ捕獲の実施例1と2についての詳細部分は本書の核心部分であるともいえるので、先に読んでいただいても構わない。私がメルヘンを感じ始めるきっかけとなった観察について詳しく後述している。

ネズミ社会にはルールがあり、すべてのネズミがそのルールに常に従って行動していると仮定した場合、ある条件下ではネズミたちは判で押したように同じ行動をとるはずである。

そのルールの多くは、生きていく上で最も重要な採餌行動に関する取り決めであり、個々のネズミは常にそのルールに従って行動
していると今では考えている。

豊富な餌が入った怪しい箱が餌場に現れた時の家族集団の行動は簡単な実験で確認する事ができるので、研究者の目で是非確認して頂きたい。クマネズミの家族集団と、入口が狭い豊富なパンの入った怪しい金属の箱を1つ用意すれば観察できる。

※本記事は、2020年6月刊行の書籍『捕獲具開発と驚くべきネズミの習性』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。