第三章 運命の人

結花は口先をとがらせてだんだん小声になっていく。実花はまるで三日月を横に傾けたような目でニタニタしている。

「まぁ、そういうことにしておいてあげるわ。うんうん、納得、納得」

全然納得している様子が見られず、ついに怒りはじめた結花が実花の胸を叩きはじめた。その結花を、実花がケラケラと笑いながらなだめている。機嫌を損ねたままの結花は、達也の持っているおみくじを見ると、実花から百円を受け取り、早速おみくじを引いた。

結花の顔が曇っている。達也が声をかけると、差しだされた結花のおみくじには「凶」の文字があった。

「げげ! 凶かよ。おいおい普通引くか? こんなの」

苦笑する達也を前に、再び結花の頬が膨らんでいく。その隣で大吉を引き満面の笑みを浮かべる実花を見て結花の不満が爆発した。まるで幼い子どものように駄々をこねる結花。達也も実花と同様になだめることにした。

「納得いかない。もう一回引く」
「おみくじって普通一回じゃ……」

暴走モードの結花をもはや誰も止めらない。二人が見守る中、結花は二度目のおみくじを引いた。注目する二人に差しだされた結花のおみくじには「末吉」と書かれていた。

「う、ビミョー……もう一回」
「結花、もう止しなさい」
「だって、だって、ずるいよみんな。ちょうだい、達也くんのおみくじ。中吉のやつ」
「え? 僕の? おみくじの概念がぶっ飛んでる気が……」

結花はぷっくりと頬を膨らませてる。破裂寸前の風船のようだ。

「いいじゃん、ちょうだい」

結花は手を広げている。どうしても欲しいらしい。だが、実花が結花の腕を引っ張り、終止符を打った。

「結花、そのおみくじ結びにいかなきゃ。縁起のわるいやつ引いちゃうんだから、この子ったら。それに、あまりしつこいと達也くんに嫌われちゃうわよ。達也くんまたね。応援してるわ」

今日何度目かのゆでだこ状態の結花が実花に引きずられていく。

「行っちゃったよ。相変わらずだな、二人とも」
「仲のいい二人ね」
「うわ!」

いつの間にかミヨが隣に立っていた。

「待たせたわね。この混雑で声が聞き取りにくくて。鳥居の所まで戻って電話してきたの」
「いえ、全然。先輩の方こそ、病院は大丈夫でしたか?」

ミヨが無言でうなずく。

「達也くん、あの二人は?」
「朝倉実花先輩と、妹の結花です。実花先輩って、ほら、文化祭の時に話した、ミヨ先輩と同級生の。実花先輩、相変わらず元気でしたよ」

ミヨは、実花たちが去っていった人混みをぼんやりと見つめている。

「新学期始まったら、実花先輩によろしく伝えておいてください。あれ? そういえば実花先輩とは違うクラスでしたっけ?」
「あ、うん。だけど、忘れずに伝えるわ。忘れたりなんか……」

ミヨは目を細め遠くを見つめている。

「実花先輩、新年早々に結花をからかって遊んでましたよ」

達也の表情が一段と明るくなったのを見てミヨは眉(まゆ)をひそめた。

「結花? あ、もう一人の女の子ね。妹さんね。とても怒ってたみたいだったけど?」
「ああ、結花のやつ大変だったんですよ。自分が引いたおみくじ納得いかないってずっと駄々こねちゃって」

結花の膨れ顔を真似て語る達也を見て、ミヨが両手を胸にあてる。

「ずいぶん達也くんに気があるみたいだったけど?」
「え? まさか。実花先輩がからかってるだけですよ」
「本当にそうかしら」
「そうですよ」

※本記事は、2012年5月刊行の書籍『アザユキ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。