壱─嘉靖十年、漁覇翁(イーバーウェン)のもとに投じ、初めて曹洛瑩(ツァオルオイン)にまみえるの事

(4)

「陽物を切り落として、忠誠を誓っただけでは、宦官とは認められぬのですか?」
「そうだ。地獄の沙汰も金次第という。宦官の身分まで、銀で取り沙汰されるとは不本意であろうが、現実がそうなっている以上、ことの是非は、さておかなければならぬ。難じてみせたところで、だれも相手にはすまい」
「………」
「汝(なんじ)は、李清綢(リーシンチョウ)の名下であったか?」

道士は、世話になった師匠の名を、ずばり言い当てた。

「え、ええ」
「ふむ……李清綢(リーシンチョウ)なら、銀四、五十両も出せば、微官のひとつもあたえよう。買官して、仕官の道を乞うがよい」

さらに、道士は、あらぬ予言をした。

「おぬしは、近日中、人生を捧げるに足る貴人に出会う……ウム、ム……だが、引き合わせてくれる人材を欠く……オ……オオ……星が、交錯する……ウム」

刮目(かつもく)し、ひと呼吸おいて、道士はしずかに言った。

「明後日――戊申(つちのえさる)の日、漁門は休みになる。その日、おぬしは、書店……ウム……西山楼(せいざんろう)を通りすぎて、峨々洞(ががどう)へ行くのだ……坤(ひつじさる)(午後三時)の刻……そこに、貴人につらなる人物がいる」
「はあ……」
「告げるべきは、告げた。あとは、おぬしがどう受けとるかだ。時が、盈(み)ちれば――ふたたび会うことやあらん」

道士は、そのひと言を残して、去った。

「……ありゃあ、陶仲文(タオジョンウェン)とかいう、すげえ道士だぞ」

おもちゃ屋のおやじが、ふたたび顔をのぞかせて、言った。

「おれの知り合いが、あの人に占ってもらったことがあるんだ。生い立ちから暮らしぶりまで、ピタリピタリと当てたらしいぜ。いまじゃ、そいつは嫁さんもらって、両替商の親方におさまってる。あんたも、じきに、運がめぐって来るかもしれないぞ」

とおい昔、秦の始皇帝を暗殺しようとして失敗した刺客、張良(チャンリャン)は、橋の上で出会った見ず知らずの老人に、太公望(タイコンワン)の兵書をさずけられ、やがて劉邦(リウバン)をたすけて、漢(かん)の大帝国をうち樹(た)てた。人、それも、貴人との出会いが人生を変えるというのは、万古不易の真実にちがいない。

三国の時代を生き、のちに神とまであがめられた豪雄関羽(グァンユ)や、不世出の天才軍師諸葛亮(チューコーリャン)でさえも、劉備(リウベイ)という貴人に出会わなかったら、認められることも、歴史に名をのこすこともなく、どこにでもいる匹夫と小才子で終わったかもしれないのだ。陶仲文(タオジョンウェン)道士は、峨々洞(ががどう)という書店に、私の人生を捧げるに足る人物が来ると予言した。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『花を、慕う』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。