第2章 山心の萌芽期

【東鎌尾根】 チーズもらって飴玉返す ~1973年7月(36歳)~

行くか戻るか​

結局、私は8割まで来た道を引き返す気にはなれなかった。水俣乗越までの下りは、岩に這いつくばりながら(来なければ良かった……)という後悔の気持ちと戦いながら、一歩一歩慎重に下りた。

道が靴の幅くらいしかないところもあった。右にも左にも落ちたら終わりだ。遺体さえ発見されないかもしれない。(何でこんな危ないところに来てしまったんだ……)

そのうち、尾根の片側だけだった霧が、両側から吹き上げるようになった。雨もさっきより強くなってきた。岩を踏む靴が滑らないように気をつける。

こんな思いをしなくたって、人生にはほかに幾らでも楽しみはあろうに……。(妻と8歳の長男、3歳の娘を持つ男のやることじゃないな……。俺はバカだ!)

幾多の後悔を乗り越え、鎖場に来るとホッとした。ビルの4階くらいまで登るような長い梯子もあった。下を見ると目がくらみそうなので、次に握る鉄棒だけを見つめながら登った。時間からすると、ぼつぼつ3分の1くらいまで来たようだ。

雨は小粒になったので、岩に腰を下ろして休んだ。(俺みたいなバカが……)

孤独だった。誰にも甘えることのできないところに、いま自分はいると思った。ふいに後ろのほうから靴の音がしてくる。

「やっと追いつきました」

25歳くらいの男が、私の休んでいる岩陰に近づいて来た。水筒の水を飲んでいた私に、「どうぞ!」と言ってチーズを一切れ差し出してくれた。

刺すように冷たい雨が横から降り続けている。どこの誰だか知らない者同士なのに、私たちはともにほっとした心持ちだった。

私はしばらくチーズをくれた男と一緒に進んだ。雨はますますひどくなりそうだった。猫か犬のようになって、次々に続く岩場をほとんど四つん這いになって登ったり下ったりしている。やがて大きな岩影があった。

「少し休みますか」
「そうですね」

二人とも岩をつかみながら登っているので、両手は泥だらけだった。私はザックのポケットから飴玉の袋を取り出すと、泥の手を使わないように袋から押し出すようにして、チーズの男の口のなかに入れてやった。

「すいませんね!」

さっきまで見ず知らずの二人は、いつの間にか同志になっていた。私たちの表情に少し余裕が出てきた。(一人じゃないんだ……)と心強くなった。

上のほうから二人下りて来る。私は聞いてみた。

「ヒュッテ大槍までどのくらいですか?」

北アルプスの山に慣れているような感じの女性たちだ。

「もうすぐですよ。この岩の上です」

急坂の石ころ道を登りきると、赤い屋根のヒュッテ大槍が目の前にあった。私は両足から力が抜けて数歩よろめいた。(転落しなかったぞ!)と妻や二人の子どもたちに叫びたいほど嬉しかった。そしてこんなこと、ちっとも自慢できることじゃないなとも思った。

北アルプスから帰って来た翌日は、川越の自宅で1日中ブラブラしていた。精神も肉体も極度の緊張から解放されて、気が抜けたようだった。

膝から下の部分がむくんで何日もパンパンに張っていた。(危ない山歩きだったな~)という感慨が続いた。1週間、2週間と日が過ぎた。(こんな危険なところなんかに来るんじゃなかった)と思ったあの現地での気持ちとは反対に、限りない懐かしさがこみ上げてくる。

そして(また行きたい……)という、あのときとは反対の気持ちがとめどなく湧いてくるのはどうしたことか。私は、とうとう山の魅力に取りつかれてしまったようだ……。

[写真] 一人で挑む北アルプス
※本記事は、2019年9月刊行の書籍『山心は紳士靴から始まった』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。