第1章  令和の今、行政改革最高のチャンス

教育にもっと金と人を国から入れて!!

今、病院は私立病院が飛ぶ鳥を落とす勢い。教育界も同様に私学優勢、良く似ている。共に国からの支援が少なくなったからである。

教育と医療は人を扱う事業であり、資本投下効率が低く不採算を余儀なくされる。日本の教育をじっくりと考えるに知育偏重画一的横並び、事なかれが主流のようである。

インプット中心で暗記のみで東大理3も合格できる。そして偏差値が高いと医学部に進路指導となるようである。こんな事で良い医師が育つ筈もないのは自明の事である。

一昔前の“聖域なき改革”というキャッチフレーズを掲げた内閣が教育と医療に大きな爪痕を残した。学校や病院は警察や消防と同じく採算を考えたらダメ、聖域だとあちらこちらで論戦を張って議員さんや省庁へもお願いしたが顧みられる事はなかった。その付けは「悪貨(失礼)が良貨を駆逐する」というグレシャムの法則に近くなりつつある現状を生んだ。

それだけではない。塾や予備校は今や数少ない成長産業の一つである。少子化の時代になったとはいえ、山手線の終電近くにランドセルを背負った小学生が乗ってくるのを始めて見た数十年前は、びっくりと可哀想という憐憫の情しかなかった。

今ではこの2つの感情は浮かばない。必要悪とどこかで認めてしまったのだろう。そして児童学童は東京へ吸い寄せられる。最終目標である有名大学入学に向かって二重三重の不幸が待っているというのに、嗚呼。

今の日本の学術は江戸や明治の教育の遺産を細々と食い繋いでいるのである。ここ数回のノーベル賞受賞者が口を揃えて「このままではダメ」と言っているが、頭が良すぎる首相や政府、内閣の方々には届かない。

科学技術立国よりコントロールしやすい国民を育てる今の教育の利点が大事と考えているのかもしれない。遣唐使の時代のように中国の制度や技術、文物を頂ければ良いと考えているのだろうか? 

「トライやる・ウィーク」でモチベーションを上げよう‼

私が勤める赤穂市がある兵庫県では、もう何十年も前から「トライやる・ウィーク」という校外の課外授業に取り組んでいる。対象は中学2年生。毎年10月第4週の月曜日から金曜日までである。

教室を離れ、教科書や黒板(今は白板)から離れてお父さんやお母さんの職場、或いは自分が将来働きたい、なりたい職業の現場で学ぶのである。大学生や就職予定の高校生ならインターンと呼ばれるようなものであろうか。

例えば漁師になりたい人は漁協へ、魚屋になりたければ魚市場へ、車掌や運転士志望者は駅へ、公務員を目指す人は市役所へという具合にである。病院へ来る人は「患者になりたい」という訳ではなく医師や看護師、薬剤師やレントゲン技師、臨床検査、理学療法のリハビリ部門などを目指す子供達である。

月曜日の朝、参加者は先生に引率されて一人ずつ紹介される。ここから金曜日午後の解散まで院内の様々な部門を見学。私は月曜日の朝、この子供達に赤ちゃんを抱いてもらうことにしていた。

赤ちゃんを抱くことで私のモットーで院是にもしている「恕(じょ)(思いやり)」の気持ちを持ってほしいと願っているからである。しかし最近は一人っ子が増えたためか尻込みする子が多い。

我々は子沢山の時代で3~4人の兄弟姉妹は普通、7~8人というのも珍しくはなかった。当時は三角ベースで遊んでいても背中に弟や妹を背負ったまま走り込み、タッチしようとすると首を竦めるので負われた子に当たり泣かれることもあった。それ以外はキャッキャと喜んでいる顔が今でも思い浮かぶ。

こんな経験のない今の子供達でも金曜日の解散前に再び赤ちゃんを抱いてもらうとスッと上手く抱けるようになっている。この子供達には我々病院や施設の仲間、つまり社会保障の未来の担い手になってほしい。

そのため病院職員には先輩として良い手本、教材となってほしいとお願いしていた。幸いにして終了後に提出されるレポートにはポジティブな感想や良い印象の意見が多く、遣り甲斐のある一週間である。

※本記事は、2020年2月刊行の書籍『令和の改新 日本列島再輝論』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。