第一章 嫁姑奮戦記

強制退院後、妄想も徐々になくなり一週間過ぎた頃から平常に戻った。

ざっとまあこのような経験をしたのだが、骨折となると退院させるわけにもいかず、考えると気が滅入ってくる。

パンが天井に並んでいると言った後、今度は目の前に手を伸ばししきりに動かしている。何をしているのかと聞けば、戸棚に埃が付いているので拭いているのだと言う。

「ベッドの上に棚なんてないけど」と言っても、「ちゃんとここにあるやないか」と言って止めようとしない。本人には確かに見えているのだ。幻だけど。

とにかく、夫には帰ってもらい寝る準備をする。私もくたくたに疲れたから、少しでも寝られる時に寝ようと思ったのだ。

しかし姑は眠るどころか手すりを持っては起き上がり、布団をたたんだり広げたり、腰に敷いたバスタオルを引っ張って放り投げる、手すりを外そうとゆするなど一時もじっとしていない。

それから今度は目の前の詰所をベッドからじっとうかがい、
「公ちゃん、あそこで集会やってるんか」と聞く。

あそこは看護婦さんの詰所で、今は夜勤の看護婦さんが患者さんの世話のために寝ずに働いているのだと説明する。

どうやら宗教団体の集会所だと思っているらしい。一応納得したので静かに寝てくれると思いきや、また起き上がりごそごそする。どうしたのかと尋ねると、香典持って行かなあかんと言う。

一体誰が亡くなったのと聞くと誰やら居るやろと自分でも分からない様子、とにかく真夜中で皆寝ているやろうから明日にしたらと言うと、そうか、今、夜中なんか、ほな明日にしようかと言ってしばらく宙を見据えて独り言を言ったりしていたが、やがて大鼾、外を見ると夜も白々と明けかけている。病院泊一日目、私はとうとう徹夜した。

病棟が機能するまで一時間ほどの間トランプで一人遊びをする。

やがて看護婦さんが見え、様子を聞かれる。夜中も何度も来てくださったので状況は分かっておられたが。本人は熟睡中である。

入院から三日目、皮膚科の婦長さんが謝りに来られる。泊まるとの申し出を断ったうえでの転落事故で本当に申し訳ないと言われる。当直の看護婦さんも見え、土下座されんばかりに謝られる。

病院側にしてもこんな患者を受け入れたばっかりにとんだ災難に遭ったわけで、お互い不運だったとしか思いようがない。

しかし、そのように謝られたことで、胸のつかえが下りたことは確かだ。

点滴、ヘルペスの手当て、清拭、下の洗浄消毒等が担当の看護婦さんを中心に行われる。

点滴の時は一時も目が離せない。手を勝手に動かすばかりでなく針を抜きにかかるからだ。片手はしっかり握っていなければならない。尿管も引っ張るので用心が必要だ。

一時もじっとしていない手には、最後まで悩まされることになるが。午後三時の面会時間には親戚の者が二人来る。さすが商売人の姑、他人に対しては礼儀を心得ている。ちゃんと礼を言ったり合槌をうったりして、そばで聞いているととても同一人物とは思えない。

夜はまた動き回って寝ず、夜明けと共に眠る。私は姑を看ながらテレビを見たり本を読んだり日記を書いたりして夜を明かす。まる二晩徹夜だ。姑の高鼾を聞いていると無性に腹が立ち、眠気すら感じない。いつまでもつだろうか。

四日目に皮膚科の部長先生が様子を見に来られる。申し訳なかったと詫びられ、一月分の部屋代の支払い免除を申請した、これくらいしかさせてもらえないが勘弁してくださいと言われる。ありがたくお受けすることにする。

朝から明日の手術に備え二十四時間点滴となる。採血や血圧測定、浣腸も数回に及び忙しい一日だった。

点滴が夜通しあるため、付き添いが一人では無理なので娘と二人で付く。

私は二晩寝ていないし今後のため娘に頼み別室で朝四時頃まで寝させてもらう。病室に戻って聞くところによると、娘がちょっと油断した隙に点滴を抜きそこらじゅう血だらけになり、看護婦さんと三人で着替えさせたりシーツや布団を替えたり大変だったらしい。針も飛んでいたそうだ。点滴は外してある。また朝から入れるとのことだった。娘を寝に帰らせる。

付き添い早々大変な目に遭わせた。本人はいつも通り白河夜船。私は四時間ほど睡眠を取ったおかげでまた一日持ちそうだ。今日の手術うまくいくだろうか。

※本記事は、2018年1月刊行の書籍『嫁姑奮戦記』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。