【前回の記事を読む】昭和初期、未曽有の不景気の真っただ中…恵介の兄が取った驚きの行動

第一部

次男 政二 ── 実父への思い

次男の政二が育った頃の「尾張屋」は、まだそれほど裕福ではなかった。政二もまた働き者の親を見て育ち、五歳上の兄・寛一郎とともに店に出て働いた。

厳しい寛一郎とは違い、優しい性格である政二は、弟たちからは「まあちゃん、まあちゃん」と言われ慕われている。特に十一歳離れた末弟・八郎はかわいがってもらった思い出が多い。

「尾張屋」は順調に取引先が増え、支店や売店を出せるまでに大きくなり、両親は、伝馬町(江間殿小路)の本店を寛一郎夫婦に任せ、子供たちを連れて千歳町の支店に移った。千歳町の店は、大きな漬物樽をいっぱい置いてあり、部屋がたくさんあって、本店より大きかった。一九三七(昭和十二)年六月に、浜松で初めてできたデパート松菱にも出店している。

伝馬町は食べ物横丁の中にあり、寿司屋、天婦羅屋、どじょう屋、蕎麦屋、割烹など、食べ物関係でない店がないほどであったが、千歳町は、「尾張屋」の両隣が写真屋と化粧品屋、家の正面に芸者置屋があり、表通りは賑やかな商店街があった。裏の路地を行くと、芸妓との遊興に使われていた待合があった。